インターネットの「知の巨人」、読書猿さん。その圧倒的な知識、教養、ユニークな語り口はネットで評判となり、多くのファンを獲得。新刊の『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』には東京大学教授の柳川範之氏「著者の知識が圧倒的」独立研究者の山口周氏「この本、とても面白いです」と推薦文を寄せるなど、早くも話題になっています。
この連載では、本書の内容を元にしながら「勉強が続かない」「やる気が出ない」「目標の立て方がわからない」「受験に受かりたい」「英語を学び直したい」……などなど、「具体的な悩み」に著者が回答します。今日から役立ち、一生使える方法を紹介していきます。(イラスト:塩川いづみ)
※質問は、著者の「マシュマロ」宛てにいただいたものを元に、加筆・修正しています。読書猿さんのマシュマロはこちら

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[質問]
理性と情動のギャップのようなものに苦しんでいるのですが、どちらを優先すべきでしょうか?

 読書猿さん、相談です。私は「幸福な人生とはより知識や経験を積み重ねる事である」と理屈で結論付けたのですが、実際には何もせず家でボーッと寝てたり、カロリーの高いものを食べたり、とにかく女性をナンパしたりと、自堕落な事や俗的な事に喜びを覚えます。この理性と情動のギャップのようなものに苦しんでいるのですが、どちらを優先すべきでしょうか?

自堕落は人間の仕様。でも、打つ手はあります

[読書猿の解答]
 『独学大全』の序文にも書いていますが、情動と理性が相反するのは、情動が進化の過程で獲得された生得的なものであるのに対して、理性はヒトが歴史(つまり失敗と対策)を重ねる中で構築してきたものだからです。

 「すべき」という主張は「できる」という事実が前提されなくてはなりません。例えば「生身で空を飛ぶべき」と言われても、できもしない訳で、その主張は無意味です。「理性を情動より優先すべき」といっても、そんなことが可能でないなら同様に無意味でしょう。

 情動や直感は、進化が長い時間かけて磨いてきたものだけに中々うまくできており、ローコストで素早く結構正確ですが、しかしヒトが長い時間を過ごした更新世の石器時代の環境(進化適応環境)に適応しており、現在の環境に合わないところも少なくありません。

 たとえば進化適応環境では高カロリーの食料は希少で「見つけたらなるべくたくさん食べろ」というシンプルなルールが適応的でした。そのため我々の身体は高カロリー食品の摂取に快楽を感じるようにできています。しかし現代の先進諸国ではこのルールはあまり適応的ではありません。

 情動や直感の弱点は近視眼的な上に反省が出来ないこと、つまり短期的な快楽の結果として長期的な不都合が生じる問題では失敗しがちであり、そしてうまくいかない場合でも自己修正が効かないところです。

 対して理性は起動するのも遅く、働かせるのに多大な努力と注意を必要とし、複雑な事項(たとえば2桁の数の掛け算程度でも)を扱うには外部記録などの助けがいるポンコツなしろものですが、情動や直感の弱点を補うのに我々はこれしか持っていません。

 情動はヒトの仕様であり捨て去る訳にはいきません。理性はハイコストの割に能力もショボく、実のところ情動をコントロールする力なんて持っていませんが、知識という外部のオプションを使える拡張性を有しています。

 つまり理性には情動を直接コントロールする力はありませんが、情動が環境依存的であるという知識を利用し、環境をデザインすることで間接的に情動をコントロールすることならできます。

 結論は、情動でうまくいかない問題には理性を使え。情動をなんとかする必要があるなら、環境をかえるために理性を使え、ということになります。

 老婆心ながら付け加えると、進化適応環境では人間の平均年齢は30歳程度だったので、情動や直感には老後問題を扱う能力はありません。理性を使うことをお勧めします。