インターネットの「知の巨人」、読書猿さん。その圧倒的な知識、教養、ユニークな語り口はネットで評判となり、多くのファンを獲得。新刊の『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』には東京大学教授の柳川範之氏が「著者の知識が圧倒的」、独立研究者の山口周氏も「この本、とても面白いです」と推薦文を寄せるなど、早くも話題になっています。
この連載は、「『独学』なんでも相談」。本書の内容を元にしながら「勉強が続かない」「やる気が出ない」「目標の立て方がわからない」「受験に受かりたい」「英語を学び直したい」……などなど、「具体的な悩み」に著者が回答します。今日から役立ち、一生使える方法を紹介していきます。(イラスト:塩川いづみ)
※質問は、著者の「マシュマロ」宛てにいただいたものを元に、加筆・修正しています。読書猿さんのマシュマロはこちら
[質問]
もし読書猿さんが今年の大学の新入生でしたら、学びの機会を最大限に活用し、また有意義で抑鬱感のない学生生活を送るために、どのように日々を工夫して過ごされますでしょうか?
いち大学生です。いま現在多くの大学生が、図書館も満足に使えず、他の学生や先生との交流もできない中で、学びのペースメーカーのためというよりは単に成績評価のための課題に忙殺され、(仕方ないことではありますが)小中高生や社会人と異なり大学のみが世間の流れから取り残されている孤独感を覚えながら、PCの画面を疲労した目で睨む日々を過ごしており、とくに未だ人間関係や大学での学び方過ごし方を確立できていない新入生にとっては状況が非常に深刻であると認識しています。
もちろん過ごし方や心の持ち方や工夫次第でいくらでも生活が有意義に変えられることも分かってはいます。ひどく抽象的で馬鹿げた質問であることは承知しているのですが、もし読書猿さんが今年の大学の新入生でしたら、学びの機会を最大限に活用し、また有意義で抑鬱感のない学生生活を送るために、どのように日々を工夫して過ごされますでしょうか。自分のみならず様々な学生の参考になるかもしれませんので、恐縮ですがご質問させてください。
漱石曰く「あせってはいけません」
[読書猿の解答]
以下の解答は、私のような生来の怠け者が申し上げることであり、質問者様の高い志に沿うものではないことを、先にお断りしておきます。
最初に申し上げたいのは、既に通常でない日常に対応することを強いられておられるのですから、その上に特別な何かを積み増しする必要はないということです。本来の水準に比べ、現状で利用できる学習の機会や資源が限定されていることを思えば、この欠落を埋め合わせる何かを求めたくなること、そして非常の事態に対して常ならぬテンションで事に当たることは、いずれも自然な反応です。
しかし、つま先立ちでマラソンはできません。
私達が後戻りできない変化の中にいるのは(それがどういう変化であるか未だ不明な部分が多いとしても)、おそらく確かでしょう。しかしもう一つ確かなことがあります。それは、あなたが今おられるのは、学ぶという長い旅のまだはじまりだということです。
「あせっては不可(いけ)ません。
頭を悪くしては不可(いけ)ません。
根気づくでお出でなさい。
世の中は根気の前に頭を下げる事を知っていますが、
火花の前には一瞬の記憶しか与えて呉れません。
うんうん死ぬ迄押すのです」
これは、50代の夏目漱石が、当時20代の芥川龍之介と久米正雄に送った手紙(夏目漱石 著/三好行雄 編『漱石書簡集』岩波文庫、1990)の一節です。
自分がやったことを淡々と記録する
私が提案したいのは、最低限のことを地道に継続すること、そのために自分がやったことを淡々と記録することです。この方法を『独学大全』では「ラーニングログ」と読んでいます。
具体的には取り組んだことと時間やページ数を毎日書き残し、時々見返します。効果はいろいろあるのですが、ひとつは自分がどれだけ進んだか、やり終えたかを見える形にすることで、モチベーションを静かに下支えすることができます。一時的なやる気の爆発ではなく。
●本の目次をマス目にして、塗りつぶす
たとえば本を読むときであれば、先に本の目次とそれに対応するマス目を作っておいて、読んだらそれを塗りつぶすのが一番シンプルです。私は、いつも持ち歩くためにコクヨの「測量野帳」を使っていました。今だと表計算ソフトなども使えると思います。
記録すればするほど、記録した行動が、ゆっくりとですが増えていきます。そして何を記録するかは、何に自分の注意を向けて、どんなことを改善したいかに応じて変えればよいのです。
画像は、章ごとに節の数だけマス目を作ったものですが、私は最初のころは300ページの本なら全部で300個のマス目を用意してそれを塗りつぶしていました。細かい方が少しでも先に進んだ感じがするような気がしたのです。あと、必ずしも前から読まなくても、読んだ部分を塗りつぶせます。
●7日×52週分のマス目を塗りつぶす
学ぶ習慣をつけたい場合は、7日×52週分のマス目を作って、毎週教科書や本を開いた日の分だけマス目を塗りつぶすこともできます。
学ぶことは時間がかかります。すぐに結果が出るわけではない。それ故、学ぶことは、今ここの状況に反応するようつくられた生物(ヒトも例外ではありません)にとって、得意なことでも自然にできることでも、ありません。
現在の学習効果を最大化することよりも、たとえ最低限であっても長く持続することの方がはるかに多くの事をなすことができます。