インターネットの「知の巨人」、読書猿さん。その圧倒的な知識、教養、ユニークな語り口はネットで評判となり、多くのファンを獲得。新刊の『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』には東京大学教授の柳川範之氏が「著者の知識が圧倒的」、独立研究者の山口周氏も「この本、とても面白いです」と推薦文を寄せるなど、早くも話題になっています。
この連載では、本書の内容を元にしながら「勉強が続かない」「やる気が出ない」「目標の立て方がわからない」「受験に受かりたい」「英語を学び直したい」……などなど、「具体的な悩み」に著者が回答します。今日から役立ち、一生使える方法を紹介していきます。
※質問は、著者の「マシュマロ」宛てにいただいたものを元に、加筆・修正しています。読書猿さんのマシュマロはこちら
(こちらは2020年10月の記事を再掲載したものです)
[質問]
人が何故マウントをするのか、したくなるのか、人間のマウントに繋がる心理を学べる本はないでしょうか
他人にマウントしてくる人間に腹が立ちます。
その人と距離を置いたり、避けられる関係性ならいいのですが、自分の友人グループの1人に嫌というほどのマウントさんがいて辟易し、先日、つい強く咎めてしまいました。マウントへの対処法ではなく、人が何故マウントをするのか、したくなるのか、人間のマウントに繋がる心理を学べる本はないでしょうか。
マウンティングがやめられないのはタバコがやめられないのと同じ
[読書猿の解答]
相手の背中によじのぼる訳でも馬乗りになる訳でもないヒトの誇示行動に、マウント(マウンティング)の語を使うのは抵抗がありますが、あえて乗っかり、動物のマウンティングから説明を始めます。
マウンティングは優位関係を確立しようとして行われる、儀礼化された攻撃行動(攻撃ディスプレイ)のひとつです。優劣を決めるために本当に攻撃すると勝者と敗者ともに負傷する恐れがありますが、攻撃ディスプレイではこれを避けることができます。
優位関係による序列化が生じるのは資源(たとえば食べ物やなわばりや交尾の権利等)が希少だからです。より優位な個体はそうでない個体よりも優先的に希少資源にアクセスすることができます。希少資源が登場する度にその取得をめぐって戦いが生じるよりも、優位関係による序列化は闘争のコストとリスクを減らしていると言えます。
ところで優位関係を決めるのに攻撃ディスプレイは必ずしも必要ではありません。多くの動物で、例えば体の大きさやその他の特徴(鶏のとさか、クジャクの羽の派手さ等)自体が優位を示すサインとして働きます。攻撃ディスプレイが必要になるのは、それらサインの点では優劣がつかない同程度同士の場合です。
また攻撃ディスプレイが繰り返されることは多くありません。一度優劣が決まってしまうと、何度も再挑戦が行われたりしません。優位関係による序列化は闘争のコストとリスクを減らすメリットからいっても、優位関係が安定しているのは望ましいからです。
さて人間に目を転じると、まず優位を示す特徴(サイン)はあるようです。見た目の美しさが示す効果はよく知られていますが、その他にも大統領選では背が高い方が勝つことが多いことなど、体の大きさにすら、その効果があるようです。
しかし本題であるヒトのマウンティングについては少し様子が異なるようです。サルのマウンティングが未だ優劣のついていない個体の間で行われ、一度優劣がつけば繰り返されないのに対して、人間のマウンティングもまた優位関係を求めての行動ではあるのですが、その効果は永続的でも安定的でもありません。むしろその効果は誇示したその一瞬で消えてしまい、優位関係を確立するという意味ではほとんど効果がないために、ヒトはマウンティングを繰り返してしまうと言ってもよいかもしれません。
この無益なのにマウンティングがやめられないメカニズムは、耐性がついて効かなくなった後もニコチン等の薬物を摂取し続けるのと同種です。
最後に今回参考にした文献を。
・『オックスフォード動物行動学事典』「攻撃」「優位」の項目
・誇示的消費についてはヴェブレン『有閑階級の理論』※リンク先は新版
・ヒトの自慢し合いに「マウンティング」という用語を転用した始まりとして『女は笑顔で殴りあう―マウンティング女子の実態』(筑摩書房、2014)