レビュー
人は経験を重ねるほど、変わることが難しくなる。年齢やポストが上がるにつれて、既存のやり方や固定観念に縛られてしまう。変化を迫られても、プライドや成功体験が邪魔をしてすんなりとはいかない。そう聞いてギクリとした方もいるのではないだろうか。
本書『なぜ星付きシェフの僕がサイゼリヤでバイトするのか? 偏差値37のバカが見つけた必勝法』の著者村山太一氏は、誰もが認めるスーパーシェフである。自身がオーナーシェフを務めるイタリア料理店は、ミシュラン一ツ星を9年連続で獲得。そんな村山氏が「強烈な危機感」からサイゼリヤでバイトを始めたのは、40歳を過ぎた2017年。いちバイトとして入店し、高校生上司のもと、店を駆けずり回っている。通常ならまず考えられない光景だろう。
村山氏の信念は一つ、「人を幸せにしたい」である。スタッフの幸せが生産性の向上につながり、生産性が上がることでさらに余裕ができ、幸福度が増していく。そんな好循環を追求するには、サイゼリヤでのバイトが一番の近道だったという。まさに、学びのための社会人バイトである。著者はサイゼリヤの現場でスポンジのように吸収し、学んだことを店に取り入れていった。その結果、生産性も収益もスタッフの幸福度も一気に上がったという。
そんな著者の思考法や経験が惜しみなく紹介されているのが本書だ。読み進めていくにつれ、経験に固執することが、いかに無駄なことかと気づかされる。本当に大切なことを突き詰めたら、自分のとるべき行動はおのずとわかるはずだ。本書はそんな大事な問いを私たちに投げかけてくる貴重な一冊だ。(矢羽野晶子)