中学生になるとその仮説は確信に変わり、ごく親しい優等生やスポーツエリートだけにはそれを打ち明けていた。彼らは深い興味を示し、激しく賛同してくれたものだ。

 学校の教師や周囲の大人たちは誰一人としてこれを認めなかったが。ところが高校に入学してこれを複数の教師に投げかけてみたところ、あっさりと認めてくれた。

 高校は義務教育ではないから、本音を教えてくれたのかもしれない。そんな真実に興奮したのは私くらいのものだったが、自分は将来そうした「誰も口にしないけど大切な真実」を発信し続けて生きたいという曖昧模糊とした気持ちが芽生えた。

 タブーとは本当は大切なことでみんな興味津々だけど、多くの弱者たちが興奮するから言ってはいけないことである。

 だが多くの弱者を庇って嘘で塗り固めた世の中にすると、フランス革命のようなテロが起こるし、衆愚政治と化して結局弱者から搾取する結末が待ち受けている。

 あなたが私の真似をする必要はない。あなたにはあなたの勝負の土俵があるはずだ。ただ誰もが薄々と感じていたことをわかりやすく言語化してあげると、人とお金が殺到する。

他人の評価が気にならなくなる方法

 人は誰もが弱いし、ちょっとしたことでも挫けそうになる。強そうに見える人ほど自分の弱さを熟知しており、それを踏まえた自分“ならでは”の戦略を練り、それをブラッシュアップしながら生きているのだ。

 批判が辛いのは当たり前だ。批判が心底快感だという人などこの世にいない。だが批判が辛いからと引きこもってしまう人もいれば、批判に屈しない人もいるという現実に目を向けることだ。

 100万円の借金で自殺してしまう人もいれば、100億円の借金で精力的に講演活動をしてせっせと返済し続けている人もいる。批判もこれと同じで、暇だから気になるのだ。もしあなたが1秒も浮気する余裕がないほどに恋愛に没頭していたら批判など気にならないだろう。もしあなたが1秒もよそ見する余裕がないほどに目の前の趣味に没頭していたら批判など気にならないだろう。つまり他人の評価が気にならなくなるまで桁違いのアウトプットをすればいいのだ。