組織の判断軸を狂わせる「なんでもAIエージェント」乱発の危険性「AIエージェント」という言葉が持つ、過剰な期待と誤解とは(写真はイメージです) Photo:PIXTA

生成AIに続くトレンドとして注目の「AIエージェント」。しかし、その言葉の曖昧さは過剰な期待と誤解を招く危険をはらんでいる。マイクロソフトやグーグルでエンジニアとして活躍し、複数の企業で技術顧問を務める及川卓也氏は、本来のエージェントが持つべき「自律性」との乖離を指摘。エージェント化で組織が向き合うべき痛みに切り込む。

過剰な期待と誤解を招く
「AIエージェント」という言葉への違和感

 生成AIに続く技術トレンドとして、もてはやされる「AIエージェント」。いまや、チャット形式で質問に答えるAIも、特定の作業を自動化する仕組みも、まとめてAIエージェントと呼ばれる場面が珍しくありません。しかし、その言葉の使い方に、私は強い違和感を覚えています。それらは本当に“エージェント”なのでしょうか。それとも、この言葉が、便利なラベルとして消費されているだけなのでしょうか。

 AIにおけるエージェントという概念は、本来もっと重い意味を持っていました。それは、単なる質問への応答や決められた手順を実行する存在ではなく、目的を与えられ、目的に向かって状況を見ながら行動し続けようとする「自律性」を前提としています。

 このあるべき姿から考えると、現在のAIエージェントはまだ発展途上にあります。目的を正確に理解し続けたり、計画を維持したり、複数のツールを安定して扱ったりすることは簡単なことではありません。ちょっとした文脈のずれや環境の違いで、すぐにAIはつまずいてしまいます。今のところエージェントは万能な存在ではなく、動くための前提条件に大きく左右される存在だという点は、既に前回の連載記事で確認したとおりです。

 問題はこうした前提が十分に共有されないまま、「動いているように見えるAI」が続々とエージェントと呼ばれるようになっていることです。チャット形式で応答するAIや、特定の作業を自動化する仕組みが、その性質や限界を十分に認識されないまま、同じ「AIエージェント」という言葉で括られてしまう。このラベルが便利に使われるようになるほど、概念は薄まり、本来認識しておくべき違いが見えにくくなります。

 そしてその影響は、単なる言葉の問題にとどまりません。エージェントに対する過剰な期待や誤解が、その設計や導入の判断を誤らせ、組織にとってより大きな問題を引き起こすリスクをはらんでいるのです。