昨年初め頃、イングマル・ヘア(Ingmar Hörr)氏は世界の新型コロナウイルスワクチン開発競争の最前線にいた。同氏が創業したドイツのバイオ製薬企業キュアバックは自ら先駆者として研究した未検証の技術を用い、有望なワクチン候補を開発していた。ところが突然、同氏は手足がまひする発作に襲われ、数週間にわたり昏睡(こんすい)状態に陥った。意識が戻っても自分の名前すら思い出せず、ロシアのスパイに拉致されたのではないかと疑う瞬間もあった。同氏が身分を偽って入院し、回復するまでの間に、競合する独バイオテクノロジー企業ビオンテックが、米製薬大手ファイザーと協力し、同じメッセンジャーRNA(mRNA)技術を使って欧米初のコロナワクチン開発にこぎ着けていた。