「あの上司の顔だけは、見たくない」

 結局、紹介されたメンタルクリニックで、ヤマグチさんは「適応障害」と診断された。ストレスなどの影響で、社会環境に適応できず、心身に様々な症状の出る障害だ。皇太子妃・雅子さまが診断されたことで、広く知られるようになった症状である。

 医師の治療によって、ヤマグチさんの不眠などの症状は改善された。しかし、その後も出勤しようとはしなかった。 

 報告を受けた課長は「そんなに自分が嫌なら、他の職場に異動させよう」と提案した。しかし、ヤマグチさんは、その上司のいる「会社そのものに拒否感を持ってしまった」という。

 「人前で辱められたことを我慢することなく、涙が止まらなくなる反応をしたのは、自然なことです」
と、カウンセラーは言う。

 かつての会社員は、個人を殺し、上司や会社の理不尽にも耐え、職場に適応していくことが当たり前だと信じてきた。しかし、ヤマグチさんは、上司と折り合いをつけることはしなかった。

 そうしているうちに、会社の休職期間は過ぎていく。そのままヤマグチさんも退職となり、その後も就職活動をすることがないまま、引きこもり状態になった。

 会社を辞めてしまえば、会社との縁は切れる。その後、彼らがどうなったのか、会社側から追跡されることもない。「大人の引きこもりが、数多く潜在化しているのではないか」といわれる所以だ。

成果主義で職場の雰囲気が悪化
職場に心の支えを失った人も

 別のメーカーに勤める30代のマツモトさんも、会社の玄関をくぐれなくなって、欠勤するようになった。以来、専業主婦の妻がいるのに、郊外にある自宅で、引きこもり状態の生活を送っている。

 マツモトさんは、東北地方の支店から、本社のある部署に転勤してきた。しかし、その部署の周りの雰囲気は、皆がパソコンに向かい、音もなくシンと静まりかえっている。誰も雑談せずに、それぞれの自分の仕事をしていた。