死体を見るトラウマが原因?
日本と欧米の認識格差

 うつ病と疲労をめぐる認識には、日本と欧米間では格差がある。

「アメリカで『あなたは今、疲れていますか』というアンケートを取ったところ、『YES』と答えた人は10%にも満たなかったそうです。日本では、56%が同じ質問に対して『はい』と答えています。

 これはアメリカ人のほうが元気だからではありません。おそらく欧米では、疲れをためる前に休むのが当たり前という文化があるからでしょう。我慢して勤勉に働き続けることが美徳とされる日本と違って『働き過ぎて死ぬ』なんていう概念もないので、『過労死』という言葉も存在しない。疲労は日本人の国民病なのです」

 ゆえに疲労が深刻な問題になるのは日本ならではの事象であり、近藤教授の快挙も、日本人だからこそ成し得たことといえる。欧米では日本ほど、疲労は重要な問題とは認識されてこなかったからだ。

 しかし、うつ病は世界中の人が発症している。欧米人のうつ病は、疲労やストレスとは無関係なのだろうか。

「欧米でもうつ病は深刻な問題になっています。患者数も日本より多いでしょう。ただし、疲労はリスクファクターとは考えられていません。欧米でうつ病になりやすい職業を調べると、教師、弁護士、医師、警察官、軍人、消防士と、日本とほぼ共通する職業が並ぶのですが、これらの仕事の人がうつ病になるのは、『死体を見るトラウマ』だというのが定説です。

 原因はストレスによるトラウマ、PTSD(心的外傷後ストレス障害)で疲労の要素はない。最近の有力な説では、『うつ病の原因は貧困』というのもあります。ちょっと首を傾げざるを得ませんよね。

 やはり、社会的に疲労というものの重要性を認識していないから、こういう考え方になるのだと思います」

生存に有利な動物に進化させる
ヘルペスウイルスの恩返し

 実は、近藤教授にとってヘルペスウイルスは愛すべき存在でもある。監修・原作を務めたマンガ『うつ病は心の弱さが原因ではない』(河出書房新社)の中で教授は、ネアンデルタール人を絶滅させた現代人の祖先クロマニヨン人について触れ、「ヘルペスウイルスによって生き残りに有利な動物に進化させられたのではないか」と語っている。ウイルスは単に悪さをするだけの存在ではないというのだ。

「私には一つの信念があります。それは、体に長期間潜伏しているようなウイルスは、何か人に対して良いことをしないと歴史から抹殺されてしまうという思いです。そこでヘルペスウイルスはどんな良いことをしているのかを考えてみた時に一番思い当たるのは、ストレスを亢進(こうしん)させるという働きでした。

 ストレスは悪いことばかりじゃない。クロマニヨン人が現代まで生き延びてこられたのは、ヒトヘルペスウイルス6に感染してSHTH-1を持ったことでストレスが亢進され、不安を解消するために集団生活を営むようになるなどの“進化”がもたらされたおかげ。ですから私は、『SITH-1遺伝子は人類の進化に貢献してきたのではないか』という説を提唱しています」