地球誕生から何十億年もの間、この星はあまりにも過酷だった。激しく波立つ海、火山の噴火、大気の絶えまない変化。生命はあらゆる困難に直面しながら絶滅と進化を繰り返した。ホモ・サピエンスの拡散に至るまで生命はしぶとく生き続けてきた。「地球の誕生」から「サピエンスの絶滅、生命の絶滅」まで全歴史を一冊に凝縮した『超圧縮 地球生物全史』は、その奇跡の物語を描き出す。生命38億年の歴史を超圧縮したサイエンス書として、ジャレド・ダイアモンド(『銃・病原菌・鉄』著者)から「著者は万華鏡のように変化する生命のあり方をエキサイティングに描きだす。全人類が楽しめる本だ!」など、世界の第一人者から推薦されている。2022年のノーベル生理学・医学賞は、現生人類(ホモ・サピエンス)にネアンデルタール人の遺伝子が受け継がれていることを発見したスバンテ・ペーボに贈られた。ペーボの研究にはどのような意義があるのか。『超圧縮 地球生物全史』の訳者であり、サイエンス作家の竹内薫氏が緊急寄稿した。

【2022年ノーベル生理学・医学賞を超わかりやすく解説】私たちホモ・サピエンスは“絶滅したネアンデルタール人”の子孫だった!?Photo: Adobe Stock

ノーベル賞の事前予測

 今年度のノーベル生理学・医学賞がスバンテ・ペーボさん(67)に授与されることとなった。

 ここのところ、ノーベル賞の事前予測が当たりにくくなっている印象がある。論文の引用回数や他の権威ある賞の受賞歴などを参考にノーベル賞の有力候補を絞ってみるのだが、スバンテ・ペーボも(個人的に)驚きの受賞となった。

父親もノーベル賞学者

 スバンテ・ペーボは1955年、スウェーデンのストックホルム生まれ。

 父親は1982年にノーベル生理学・医学賞を受賞した著名な生化学者スネ・ベリストローム、母親はエストニア人の化学者カリン・ペーボであり、二人は結婚していない。

 いや、父親には妻がおり、スバンテ・ペーボは婚外子ということになる。

進化遺伝学の世界的権威

 スバンテ・ペーボは、スウェーデンのウプサラ大学で科学史やエジプト学やロシア語を専攻するが、医学部に転部し、進化遺伝学の世界的権威となった。

 ドイツのマックス・プランク進化人類学研究所の遺伝学部門を率いるとともに、沖縄科学技術大学院大学の客員教授も務める。

 生い立ちや学問の遍歴もさることながら、ノーベル賞の受賞理由となった業績も異彩を放っている。

衝撃の研究成果

 スバンテ・ペーボは、現生人類(ホモ・サピエンス)にネアンデルタール人の遺伝子が受け継がれていることを発見したのだ。

 この研究は衝撃的だった。

 なにしろ、それまで、ネアンデルタール人は、ホモ・サピエンスと同時代を生きたことがあったにせよ、独自の文化と生活を営んでおり、環境変化のせいか、ホモ・サピエンスとの争いに負けて絶滅し、そこでネアンデルタール人の系譜は途切れたと考えられていたからだ。

ホモ・サピエンスとネアンデルタール人の交配

 しかし、スバンテ・ペーボらの研究は、遠い昔、われわれの祖先とネアンデルタール人が交配したことを示していた。そう、結婚し、子どもが生まれていたのである。

 われわれホモ・サピエンスの多くは、(ずっとアフリカに残り続けた人々を除いて、)ネアンデルタール人の子孫でもあるわけだ。

 スバンテ・ペーボさんの別の業績は、デニソワ人の発見である。

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 約五万年前、さまざまな種類のヒトが地球を歩いていた。ヨーロッパとアジアにはネアンデルタール人がいた。そのころには、デニソワ人の子孫の一部が山のなかの住処を離れ、東アジアの高地まで下りてきていた。彼らはゆく先々で、深い洞窟から樹木の茂るジャングル、孤島から平原、最高峰の山々へと、新しい環境に挑戦し、変化していった。ホモ・エレクトゥス自体は、まだジャワ島で平和に暮らしていた。しかし、こうした人間が生きてゆく実験も、やがて一掃されることになる。氷河時代の終わりになると、ホモ属はたった一種類しか残っていなかった。(『超圧縮 地球生物全史』10章より引用)
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私たちに受け継がれた遺伝子

「たった一種類」とは、もちろんホモ・サピエンスのことだ。

 かつて、地球上にはさまざまな人類がいて、そのほとんどは絶滅してしまったが、その遺伝子は現代に生きるわれわれに受け継がれている。なんとも夢のような話ではないか。

 最後に、『超圧縮 地球生物全史』の著者であるヘンリー・ジーがネイチャー誌にスバンテ・ペーボの本の書評を書いているので、その一部をご紹介しておこう。

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 古代のDNAの第一人者といえば、スヴァンテ・ペーボをおいて他にない。現在、ドイツのライプチヒにあるマックス・プランク進化人類学研究所にいるペーボは、過去30年間、この分野をパイオニアとして牽引してきた。彼の著書『ネアンデルタール人は私たちと交配した』(スヴァンテ・ペーボ著、野中香方子訳、文藝春秋)は、まさにタイムリーで、美しい文章による必読書だ。この本は、まったく新しい考え方が生まれるきっかけを垣間見ることができる窓のような本だ。(https://www.nature.com/articles/506030a
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超圧縮 地球生物全史』には、「地球の誕生」から「ネアンデルタール人の絶滅」、また、「ホモ・サピエンスの絶滅、生命の絶滅」までの全歴史と未来の予想が紹介されている。今年度のノーベル生理学・医学賞の意義を理解する意味でも、一読をおすすめしたい。