多くの企業で「1on1」が導入されるなど、職場での「コミュニケーション」を深めることが求められています。そのためには、マネジャーが「傾聴力」を磨くことが不可欠と言われますが、これが難しいのが現実。「傾聴」しているつもりだけれど、部下が表面的な話に終始したり、話が全然深まらなかったりしがちで、その沈黙を埋めるためにマネジャーがしゃべることで、部下がしらけきってしまう……。そんなマネジャーの悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏が、心理学・心理療法の知見を踏まえながら、部下が心を開いてくれる「傾聴」の仕方を解説したのが『すごい傾聴』(ダイヤモンド社)という書籍。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、現場で使える「傾聴スキル」を紹介してまいります。

「“表面的な会話”しかできない人」が気づけていない、すごくシンプルな「真理」とは?写真はイメージです Photo: Adobe Stock

なぜ、上司と部下はすれ違うのか?

 みなさんの職場でも、こんなシーンがあるのではないでしょうか?

上司「新しい案件をあなたにお願いしようと思うんだけど、キャパシティ大丈夫かな?」
部下「……はい。業務量は結構パツパツですが……まぁなんとかなります。大丈夫です」
上司「そう? 無理しないでね」
部下「はい……」

 この上司と部下の会話、おそらく部下はまったく大丈夫ではないでしょう。

 話し手(部下)の「言葉」を信じてはいけないのです。話し手のメッセージを、全身から読み取らなければなりません。うつむき加減な首の角度で、白っぽい顔色で、うつろな視線で、元気のない表情で、だらりと落ちた肩で、わずかに震える指先で、低くかすれがちな声のトーンで、部下は体でこう言っています。「本当は無理です……でも断れません……。だから引き受けるしかないんです」。

「言葉」は嘘をつき、「体」は嘘をつけない

「言葉(バーバル)」で語られる内容と、「非言語(ノンバーバル)」で語られる内容が矛盾している時に、どちらを信じるかという「メラビアンの法則」によれば、人は非言語を93%信じると言います。私たちは経験から、どちらが真実かを知っているのです。

 言葉を司るのは大脳新皮質です。言葉は理性にコントロールされ慎重に選ばれます。別の言い方をすれば、言葉は「嘘」をつくものだとも言えるわけです。だから、話し手の「言葉」しか聴いていないと、その「嘘」に騙されてしまうのです。

 一方、「目の輝き」「表情」「首の角度」など、体の微細な動きは自律神経の働きであり、理性でコントロール不可能(不随意)です。だからこそ、非言語は「嘘」をつくことができない。だから、話し手の「表情」「仕草」などに目を配って一つずつ確認しているから、その「本音」に気づくことができるというわけです。

 その意味で、「本物の傾聴」とは「言葉」を聴くことではありません。全身から発せられる「表情」「目の輝き」「顔色」「声色」「指の動き」などなど……そのすべてが「何かを語っている」と認識して、常に観察し、体が発しているメッセージを読み取らなくてはいけません。

相手の体が発する「言葉」を聴く

 話し手の「無意識の表現」を言葉にしていく深いレベルの心理療法では、質問をしながら体の動きを言葉で表現するお手伝いをしていきます。

 例えば、ゲシュタルト療法では「その人差し指の動きが、もしも言葉を話すとしたら何と言っていますか?」と聴いたりするわけですが、ビジネスやプライベートで傾聴を活かしたいと考える皆さんにとってこのアプローチはハードルが高過ぎるでしょう。

 そんな時は、「表情」「体の動き」のトラッキング(追跡・追尾)に加えて、語られる物語をもとに相手になりきって、「もし私が彼だったら、どんな気持ちになるだろう?」と追体験して、それを言葉にして相手へぶつけるといいでしょう。例えば、こんな感じです。

上司「新しい案件をあなたにお願いしようと思うんだけど、キャパシティ大丈夫かな?」
部下「……はい。業務量は結構パツパツですが……まぁなんとかなります。大丈夫です」
上司(体の発するメッセージを見つけて+相手になって感じてみて)「表情が苦しそうで肩に力が入っているように見えます。もしかしたら、本当は苦しいのではないでしょうか。無理せずに本当の気持ちを教えてくれると助かります」

 その場合のポイントは、決めつけずに相手に確認すること。相手の気持ちは相手にしかわかりませんから、「もしかしたら、○○な感覚もありましたか?」などと慎重に尋ねるようにしてください。場合によっては、「違ったら言ってください」などと付け加えてもいいでしょう。そのように、話し手を尊重しながら、相手の体が発する言葉を確認することが、「よい傾聴」につながるのです。

(この記事は、『すごい傾聴』の一部を抜粋・編集したものです)

小倉 広(おぐら・ひろし)
企業研修講師、心理療法家(公認心理師)
大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。
また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』(ダイヤモンド社)など著作48冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に心理療法家・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童・保護者・教職員などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。