「なぜデマは真実よりも速く、広く、力強く伝わるのか?」SNSに潜むウソ拡散のメカニズムを、世界規模のリサーチと科学的研究によって解き明かした全米話題の1冊『デマの影響力──なぜデマは真実よりも速く、広く、力強く伝わるのか?』が日本に上陸した。ジョナ・バーガー(ペンシルベニア大学ウォートン校教授)「スパイ小説のようでもあり、サイエンス・スリラーのようでもある」、マリア・レッサ(ニュースサイト「ラップラー」共同創業者、2021年ノーベル平和賞受賞)「ソーシャル・メディアの背後にある経済原理、テクノロジー、行動心理が見事に解き明かされるので、読んでいて息を呑む思いがする」と絶賛された本書から一部を抜粋して紹介する。

Twitterのトレンド、世論を動かすほどの影響力Photo: Adobe Stock

ロシア疑惑捜査にまつわる機密メモ公開、Twitterトレンドが後押し

 何かのトピックを意図的にトレンド化しようとする試みは何度も行なわれているが、そのなかでも最もあからさまだったのは、2018年1月のロシア政府の試みだろう。ツイッター上で、〈#ReleaseTheMemo〉というトピック(ミーム)をトレンド化しようとしたのである。

 デビン・ヌネズ下院議員のスタッフのメモには、「2016年の大統領選挙へのロシア政府の介入についての調査が行なわれたさい、FBIは外国情報監視法(Foreign Intelligence Surveillance Act=FISA)に基づく令状を得て、トランプ氏の顧問だったカーター・ペイジ氏の捜査を行なったが、おそらくは令状を得るのに、政治的意図を持った怪しげな人物からもたらされた情報を利用したと考えられる」と書かれていた。民主党はこのメモに反論し、メモに書かれたことは、FBIと調査の信用を貶めることを目的とした明らかな虚偽であると主張している。

 そもそもメモの内容を公表すべきだったのか、ということも議論になった。ことによっては、調査の合法性が揺らぎかねないからだ。モリー・マッキューの報告によれば、ロシア政府は、ソーシャル・メディア上でのデジタル・プロパガンダを企画、実行して、メモの公開を支持する世論を強めようとしたという(1)

〈#ReleaseTheMemo〉は、ロシアのボット・アカウント、サイボーグ・アカウント(半分ボット、半分人間のアカウント)が、アメリカ連邦議会にメモの開示を求める世論を強めるべく作ったハッシュタグであり、ミームだった。

「ボット・ネット」による拡散

 このハッシュタグを最初に使ったのはツイッターの〈@underthemoraine〉というアカウントだった。このアカウントには当時、75人ほどのフォロワーがいた。一見、ミシガン州在住の実在の人物のアカウントのようだった。だがこれは、いわゆる「ボット・ネット」を構成するアカウントの一つだった。

 ボット・ネットは、その名のとおりボットのネットワークで、ソーシャル・メディア上で特定のミームをトレンド化して広めるべく協調して動く。お互いにフォロー、リツイートし合い、互いのメッセージを増幅し合うのである。ボット・ネットは、一般のアカウントのあいだで広まっているミーム、ハッシュタグのなかに、自分たちの意図に合うもの、目的達成に役立つものを見つけると、それを乗っ取って利用することもある。

〈@underthemoraine〉が最初にハッシュタグ〈#ReleaseTheMemo〉を使ったすぐあとに、他のボット・アカウントたち(その多くは2012年か2013年に作られ、2016年の大統領選挙の時期が来るまで休眠していたものだった)が、一斉に〈#ReleaseTheMemo〉を含むツイートをし、互いにリツイートし合うようになった。「メモを開示せよ」というミームを広めるための活動を開始したのである。

インフルエンサーの名前とともにハッシュタグが拡散

 ボット・ネットによって〈#ReleaseTheMemo〉というハッシュタグは、ツイッター上に短時間のうちに大量に出現することになった。すると、主なインフルエンサーや政治家たちもそれに注目しはじめた。

 最初のうちはいくつか類似のハッシュタグが併存していたが、〈#ReleaseTheMemo〉の勢いが高まると、ボット・ネットは一つに力を集中させるようになった。勢いに促されるように、ボットのフォロワーたちもリツイートするなどして、拡散に協力しはじめ、ついには〈#ReleaseTheMemo〉がトレンド入りした。このハッシュタグが最初に現れたのは1月18日午後4時だが、深夜0時までの8時間に、〈#ReleaseTheMemo〉は67万回使われた。しかも0時の時点では、1時間で25万回使われるほど勢いが増していた。

 参考までに、同時期の二つのイベント、1月20日に私もいたワシントンDCで開催されたウィメンズ・マーチ、やはり1月21日開催のNFLのプレーオフ・ゲーム「ニューイングランド・ペイトリオッツ対ジャクソンビル・ジャガーズ」と比較してみよう。関連のツイートは前者が合計で60万6000、後者が25万3000だ。最も勢いがあった時で、前者が1時間あたり8万7000ツイート、後者が1時間あたり7万5000ツイートだった。ところが、ハッシュタグ〈#ReleaseTheMemo〉は、1月19日午前9時の時点で合計200万回近く使われていた。

 ボット・ネットは、主要なインフルエンサーや議員たちの注意を引くことにも成功した。ツイートに名前を入れたからだ。すると、一般の(実在の)アメリカ国民の多くも興味を持つようになる。自分の意思でインフルエンサーや議員たちの名とともに〈#ReleaseTheMemo〉というハッシュタグの入ったツイートをし、同様のツイートのリツイートもするようになった。

 下院諜報活動常任特別委員会に所属する共和党議員の名前は、このハッシュタグのついたツイートで合計21万7000回言及された。テレビのトークショー司会者、ショーン・ハニティーの名は、24万5000回言及された。下院議長のポール・ライアンがメモの公開に賛同する発言をする頃には、関連ツイートで彼の名が使われた回数は合計22万5000回にも達していた。そして、ドナルド・トランプの名が同じ趣旨のツイートで使われた回数は100万回に達した。

Twitterトレンドを利用したプロパガンダ

 こうして「メモを公開せよ」というミームは勢いを得た。トレンド・アルゴリズムでハッシュタグへの関心は増幅され、ついにはこのトピックがメインストリームのメディアにも取りあげられはじめた。テレビのニュース番組でも言及されるようになった。政治関連の話題のなかでも特に重要、という扱いを受けた。

 あるミームが、短期間に一定以上の数、言及されると、アルゴリズムはコミュニティがそのミームに関心を寄せていると判断し、トレンド・リスト入りさせる。トレンド・リストは、「今、何が話題なのか」を大勢の人たちに知らせる役割を果たすので、リスト入りしたミームはさらに多くの人の関心を集めることになる。〈#ReleaseTheMemo〉ミームも、トレンド・リスト入りすることで、メインストリーム・メディアに取りあげられ、連邦議会の議員たちの注目を集めるまでになったわけだ。

 元はロシア政府の作ったボット・アカウントが作り、広めたミームだったとはいえ、賛成の世論が大きく高まったため、その世論はメモ公開の正当化に利用された。そして、2018年2月2日、ついにメモは下院の共和党議員たちによって公開された。

〈#ReleaseTheMemo〉ハッシュタグによるプロパガンダとほとんど同じことは、2014年のクリミア危機のさいにも行なわれた。ただ、目的はメモの公開ではなく、クリミア半島の扱いに対する人々の認識を歪め、世論の支持を強めることだった。2014年2月、クリミア半島はロシアに併合された。2018年2月には、ヌネズ・メモが公開された。どちらの件でも、特定の国家による世論の操作が行なわれていたのである。

参考文献:(1)Molly McKew, “How Twitter Bots and Trump Fans Made #ReleaseTheMemo Go Viral,” Politico, February 4, 2018.

(本記事は『デマの影響力──なぜデマは真実よりも速く、広く、力強く伝わるのか?』を抜粋、編集して掲載しています。)