「なぜデマは真実よりも速く、広く、力強く伝わるのか?」SNSに潜むウソ拡散のメカニズムを、世界規模のリサーチと科学的研究によって解き明かした全米話題の1冊『デマの影響力──なぜデマは真実よりも速く、広く、力強く伝わるのか?』が日本に上陸した。ジョナ・バーガー(ペンシルベニア大学ウォートン校教授)「スパイ小説のようでもあり、サイエンス・スリラーのようでもある」、マリア・レッサ(ニュースサイト「ラップラー」共同創業者、2021年ノーベル平和賞受賞)「ソーシャル・メディアの背後にある経済原理、テクノロジー、行動心理が見事に解き明かされるので、読んでいて息を呑む思いがする」と絶賛された本書から一部を抜粋して紹介する。

広告を「代理店まかせ」にしてはいけない重大な理由Photo: Adobe Stock

2017年に「デジタル広告」を酷評したP&G幹部

 インタラクティブ・アドバタイジング・ビューロー(Interactive Advertising Bureau=IAB)の2017年の定例(年1回)幹部会議で、P&GのCBO(Chief Brand Officer=ブランド責任者)、マーク・プリチャードが壇上に現れた時、そこにいた誰もが、P&Gの最新のデジタル・マーケティング手法がいかに素晴らしいか、というお決まりの話がまた始まるものだと思っていた。

 しかし、プリチャードがした話はまったく予想とは違っていたので、IABのCEO、ランドール・ローゼンバーグをはじめ聴衆全員が驚いた。プリチャードがこの時に話したことは、今もデジタル・マーケティング業界で議論になっているし(1)、おそらく数年後もそれは変わらないだろう。

 プリチャードは穏やかな声で、淡々と、しかし厳しくデジタル・マーケティングを批判した。

 デジタル・マーケティングは、不透明な部分や欺瞞があまりに多く、非効率であり、客観的で明確な評価基準もない。また、クリック詐欺も横行していて、代理店との契約で設定されるインセンティブには不適切なものが多いし、マーケティングに関わるサードパーティーの成果を評価する基準も曖昧だ、とプリチャードは言った。

デジタル広告の予算削減を宣言

 マーケティングに関するスピーチに、これ以上の傑作はなかなかないだろう。

 P&Gに37年勤務したベテラン、プリチャードは怒っていたのだ。彼の声からは怒りとともに落胆が感じられた。

 彼が全人生を捧げたとも言える会社は、デジタル・マーケティングにひどい仕打ちを受けていたのだ。その会場にいた人たちの多くが勤務する会社も同じだった。プリチャードはもう、うんざりという心境になっていた。

 その日、プリチャードは、メディアの透明性を高めるためのアクション・プランを発表した。P&Gはその年度のうちに姿勢を一新し、同社と共通の客観的で明確な評価基準を採用するパートナー以外とは取引をやめる、というのだ。

 また、代理店との契約も透明性の高いものにし、サードパーティーの成果の評価基準も明確にし、絶対にクリック詐欺をしないと認定されたサードパーティーのみと取引をするとした。聴衆からは拍手喝采が起こった。

 プリチャードは「時代は変わりました」と言った。そして、P&Gは今後、非効率で不透明で詐欺的なデジタル・マーケティングには資金を投じないと明言した。

 その言葉どおり、P&Gはデジタル・マーケティングの予算を2億ドル削減した(2)