“Digital or Die”(デジタルか死か)といわれ始めたのはいつだったか、いまから10年ほど前ではなかろうか。以降、日本でも多くの企業が「DX」を掲げ、あらゆる現場でデジタル変革が進められてきた。言わば「変革の日常化」が起きている様相だ。しかし、デジタル化ばかりに囚われ、肝心の「何を」変革するのかが定まっていない企業も少なくない。にもかかわらず、社内にはさまざまな変革プロジェクトが動き出している。こうした状況下で、DXの旗振り役を担うCDO(チーフデジタルオフィサー)をはじめとする経営者はどう対処すべきか。日常化した変革をマネージする手腕が問われている。

デジタル時代における
2つの変革対象

編集部(以下青文字):多くの企業でDXが金科玉条のように掲げられていますが、DXという言葉には、D(デジタル)で「何を」X(変革)するかという、肝心の「目的語」がありません。アナログな業務をデジタル化するだけの、表層的な変革がいまだ多いように感じます。

「変革マネジメント力」こそ<br />強力な無形資産であるアビームコンサルティング
執行役員 プリンシパル 戦略ビジネスユニット長
斎藤 岳
GAKU SAITO
コンサルティングファームを経て、2001年に入社。総合商社、情報通信業、サービス業、製造業、小売・卸業、独立行政法人といった幅広い業種に対し、戦略策定および戦略実現支援のコンサルティングプロジェクトを実施。著書に『1回の会議・打ち合わせで必ず結論を出す技術』(東洋経済新報社、2008年)、『ロジカル・セリング』(共著、東洋経済新報社、2010年)がある。

斎藤(以下略):おっしゃる通り、デジタル化ばかりに囚われて、変革対象を明確化できていない企業は少なくありません。当たり前ですが、RPAやAIを導入するだけでは全社変革を成し遂げることはできません。

 では、デジタル時代における変革対象とは何か。我々は、大きく2つの領域があると考えています。それは、「ビジネスモデル変革」と「ケイパビリティ変革」です。前者は事業構造や収益構造を、後者は組織や人材を、大胆に変えていこうというものです。

 まず、ビジネスモデル変革について説明しましょう。ご存じの通り、世界のビジネスモデルは「モノからコトへ」とシフトし始めています。これは単に、ハードとソフトを組み合わせた新しいサービスモデルの創造といった事業モデルの変革だけではなく、それを実現する技術やノウハウなどの知的資本、人材や外部ネットワークなどの人的資本、これら無形資産が企業の成長にとって極めて重要であるという再認識でもあります。「有形資産型」から「無形資産型」へと、価値創出の源泉が大きくシフトしているのです。

 ただ、ものづくり大国だった日本はまだ、このパラダイムシフトの波にうまく乗り切れていません。経済産業省のリポートによると、2015年の時価総額における無形資産の割合はアメリカが84%、ヨーロッパが71%であるのに対し、日本はわずか31%にすぎません。無形資産の本格的強化はこれからだといえるでしょう。

 企業の成長モデルも大きく変わっていくことが予想されます。右肩上がりの「1次関数的成長」から、ある時点を超えると加速度的に上昇する「指数関数的成長」へとシフトしていくのです。経営者は、不確実性が高い中で、人口動態やGDP成長率と関係なく揺れ動く時価総額を常に意識しながら、フォアキャストではなくバックキャストで自社の持続可能な成長ストーリーを描かねばなりません。その際に重要となるのが、「変曲点(スケールポイント)」です。詳しくは後述しますが、指数関数的成長の兆しとなるこの変曲点をどう見極めるか。前年実績重視ではなく、変曲点重視の経営が求められます。

 続いて、もう一つのケイパビリティ変革についてです。ビジネスモデル変革を成し遂げるには、それを支える人材や組織能力、つまりケイパビリティも変革を余儀なくされます。日本企業は現在、業務は「オペレーション型」、組織構造は業務を効率的に遂行する「ヒエラルキー型」が一般的です。しかし本格的なデジタル時代の到来によって、指数関数的成長へとつながる「イノベーション型」の業務が主流となり、多数のアメーバ的組織が自律的に進んでいく「プロジェクト型」の組織へと変わっていくでしょう。

 もちろん、そうなれば人材構造も変化します。現在の「マネジャー/オペレーター型」から、今後は「プロデューサー/プロフェッショナル型」へとシフトせざるをえない。ちなみにプロデューサーとは、プロジェクトに意味を持たせて周囲の共感を集め、イノベーションを実現するリーダーのことです。ラインを管理する従来のマネジャーとは、大きく役割が異なります(図表1「変化する成長モデルとケイパビリティ」を参照)。

 

 このようにDXの本丸はビジネスモデル変革とケイパビリティ変革の両輪であるわけですが、いずれも現場が主体となって進みます。言わば「変革の日常化」です。そうした中で、現場で多発する変革をどうマネージするか、つまり「変革のマネジメント」こそが、経営者が取り組むべきアジェンダなのです。