変革が日常化する中で、経営者はどのような課題に直面しているのでしょうか。
まずビジネスモデル変革における課題ですが、変革がただの「カイゼン」に留まってしまうという話はよく聞きます。効率や生産性の向上といった変化は見られても、モノからコトへを体現するような大胆なイノベーションが起こらないというものです。コトビジネスブームに乗ってサブスクリプション型のサービスを始めたものの、料金設定だけして、肝心のアフターサービス強化やクロスセル戦略などは手付かずといったケースはありがちです。また、売上げや利益といった既存のKPIに引きずられてしまうことも、イノベーションが起こらずにカイゼンに留まってしまう理由の一つだといえるでしょう。
こうした落とし穴は、ケイパビリティ変革にも存在します。DX人材の育成を掲げながらも、その人材像や目指すべき新たな目標を具体化できていないことが挙げられます。当社の調査では、「DXがうまくいっていない企業ほど、全社員対象のデジタルリテラシー研修に注力している割合が高い。DXに成功している企業は、研修よりも、自社が目指す姿の解像度を上げることを重視している」という結果が出ており、表層的な取り組みではビジネスモデル変革を実現するための組織能力が身につかない、という証左でもあります。
多産多死のマネジメントを
実践するための勘所
落とし穴を乗り越え、変革をマネージするためにはどう取り組めばいいのでしょう。具体的なポイントを教えてください。
キーイシューは3つあります。1つ目は「プログラムマネジメント」です。多数のプロジェクトを管理していくには、そのポートフォリオに目配りする必要があります。具体的にはプロジェクトの配置バランスや優先順位付けなどです。各プロジェクトのプロセス管理が重要なのは言うまでもありません。うまく進んでいないものがあれば、リソースを見直します。そのうえで重要となるのは、自社のパーパスやビジョンとの整合性です。それらとプロジェクト群全体の方向性が一致しているか、それを定期的に確認することが肝要です。
2つ目のキーイシューは「ビジネスケースマネジメント」、つまりは成果の管理です。従来はROI(投資利益率)で判断していましたが、これからはそれでは成果を見定めることはできません。不確実性の高い中で指数関数的に成長するデジタル時代だからこそ、状況に応じてピボット(方向転換)しながらアジャイルに動き続けるプロジェクトを、長期的な視点で注意深く見守らねばならない。その時に重要となるのが、先に挙げた変曲点の見極めです。売上げや利益といった既存のKPIではなく、指数関数的成長の兆しとなる「先行指標」の設定が重要なポイントとなります。
そして、3つ目は「インサイト&ネットワークマネジメント」で、組織に蓄積されるケイパビリティの管理です。そもそも新規プロジェクトは失敗して当たり前ですが、それで終わらせることなく、失敗から得た学びを組織のアセット(ナレッジ、インサイト、人材、外部ネットワークなど)として蓄積できるかが問われます。こうした無形資産が、次のプロジェクトの成功確率を高める原動力となるからです。
そして、これら3つのキーイシューをつなぐ扇の要となるのが、「変革リーダーシップチーム」の存在です。当社の調査では、コーポレート部門、事業部門、デジタル推進部門による三つ巴のプロジェクトチームを組んでいる企業はDXに成功している、という結果が出ています。そうした変革プロジェクトの多くは先に挙げたプロデューサー人材が率いており、このプロデューサー陣と、CDOをはじめとするCxO陣が互いの所管を超えたワンチームとなって日常化する変革のマネジメントに取り組めば、プロジェクトの成功確率は格段に上がることでしょう(図表2「デジタル時代における変革マネジメントのポイント」を参照)。
新規プロジェクトの成果管理には、既存のKPIではない新たな先行指標の設定が重要だとおっしゃいましたが、大企業の経営者の多くは既存事業の出身者であり、新規事業の経験に乏しいのが実情です。勘所がない中でどのように変曲点を見極め、多産多死のマネジメントを実践すればいいのか。具体的な先行指標の例があれば教えてください。
デジタル時代の成長モデルは指数関数的成長が大きな特徴で、そこには必ず、兆しとなる変曲点が存在します。それを見極めるポイントとなるのが先行指標です。「風が吹けば桶屋が儲かる」といいますが、言わば「風」に当たる部分ですね。
その指標は業界によって異なりますが、B2Cビジネスであれば、ユーザー数、NPS(ネット・プロモーター・スコア)、SNS分析などが該当するでしょう。段階ごとに目安となる先行指標を設定しておき、そこにどのくらい近づいているのか、まだだとすればどんなリソースが足りていないのかなどを検討します。
B2Bビジネスなら、「ファーストピン」となるユーザーの獲得度が需要な先行指標となります。ファーストピンとは、そこさえ押さえれば、後は一気にビジネスがスケールするような影響力の大きい顧客のことです。たとえば自治体向けにITサービスを展開するなら、まずアーリーアダプターとされる自治体を押さえて実績を出すこと。そうすれば、後は自然と全国展開の流れに持ち込むことができます。DX先進企業を見ていると、ファーストピンとなる顧客企業としっかりタッグを組んで新たなサービスモデルを開発しています。相手構わず、とりあえずファーストユーザーに飛び付くようなことはしていません。
そのうえで最終的な判断基準となるのは、「ペインポイント」の有無です。このプロジェクトは、顧客がお金を払ってでも解決したい悩みをきちんと押さえているか。そして、それを解決できる能力を自分たちが持ち合わせているか。たとえ市場規模がどんなに大きかったとしても、それらが見出せないのであれば、そのプロジェクトは撤退すべきです。反対にそれが見出せれば、いまは少々苦しくてもプロジェクトを継続し、変曲点に備えるべきでしょう。「いくら儲かっているか」ではなく、「顧客のペインは切実か」という問いかけを共通言語化している企業もあるほどです。
先ほど多産多死のマネジメントとおっしゃいましたが、難しいのは「多産」ではなく、「多死」のほうかもしれません。ただし、プロジェクトによっては、「仮死」させたほうがよい場合もあります。たとえば、顧客のペインは押さえているが、自社の組織能力がまだそれに追い付いていないといったケースです。本業と隣接する分野であれば、M&Aなどによって能力補強することもできます。このようにテーマによってはいったん寝かせ、あらためてビジネスモデルをピボットして磨き上げることも可能です。