グリットを身につけるには?
本書の中に、レンガ職人の寓話が出てくる。教会を建てている現場のレンガ職人3人にある人が尋ねるのだ。
「何をしているんですか」
その答えは、
1人目は「レンガを積んでいるんだよ」
2人目は「教会を作っているんだよ」
3人目は「歴史に残る大聖堂を作っているんだよ」
この答えから、3人のうち、誰がいちばんグリットを持っているかわかるだろうか? そう、3番目に答えた職人だという。
1番目の職人にとってレンガ積みは単なる「仕事」で、呼吸や睡眠のようにただ生きるために必要なこと。
2番目の職人にとってレンガ積みは「キャリア」で、もっといい仕事に移るためのステップ。
3番目の職人にとっては、レンガ積みは「天職」を意味し、人生においてもっとも大切なもののひとつだと感じていることを、この答えは示唆しているのだという。
私たちの多くは、この「3番目の職人」になりたいと願いつつも、今の自分は「2番目の職人」だと思っているのではないだろうか。グリットに必要なのは情熱と粘り強さだが、どんな仕事でも意義を感じないと、ねばり強く続けることは困難だ。人や世の役に立ちたいという思いと、対象に対する情熱と興味がやり抜く力を生むようだ。
さらに本書は、実際にどうグリットを身につけていけばいいか、「メガ成功者」と呼ばれる著名人たちへのインタビューや、ダックワースが研究で収集した多数の事例とエビデンスをもって詳細に紹介している。
また同様に、グリットを持つ子どもを育てる方法も丁寧に解説している。あなたが実際にしている子育て法がどういうものかを判定する「育て方診断法」も載っているので、参考にしてみるといいだろう。
日本人とグリットは相性がいい
人の一生を通じて、人格の成長が止まることはないと言われている。たとえいくつであっても、これからグリット(やり抜く力)をつけていくことは可能なのだ。
特に、日本人と「グリット」は相性がいいように思える。「スラムダンク」などのスポ根マンガや、高校野球、その他様々な日本古来の寓話などを通して、私たちは幼いころから「グリット」を見てきたはずだ。
そして、イチロー選手など「天才」に見える人でも、いかに「粘り強さ」と「情熱」を持って、こつこつ努力をしてきたか、折に触れ見聞きしてきたはずだ。100mを9秒台で走れる選手は一人もいないのに地道にバトンパスの練習や歩数の調整などを重ね、今年のリオ・オリンピックで銀メダルに輝いた陸上男子400mリレーも、まさに「グリット」によって偉業を成し遂げたよい例だろう。
特にここ10年ほど、「苦労してがんばる」ことを基本としている日本の教育が、アメリカの心理学者たちの間で見直されているという(キャティ・ケイ他著『なぜ女は男のように自信をもてないのか』CCCメディアハウス)。苦労して困難を乗り越えることは自信を生み、その自信がまた次の挑戦をうながす好循環を生むからだ。
得意なことを伸ばして自尊心を育てるアメリカの教育がよしとされ、日本にも一部導入された時期があったが、アメリカでも日本でも、よい結果を生んでいないことが報告されている。やはり努力して苦手なことを克服したり、コツコツと粘り強く何かを成し遂げたりする経験を積むことが大切なのだろう。
実は、このグリットが強いほど幸福感も高い、という研究結果も出ている。人生という長いマラソンを、充実感を持って走り抜くためにも、ぜひ本書『やり抜く力』で「グリット」を手に入れる方法を見つけてほしい。(田坂苑子)