家庭内だけでは
解決が難しい体験格差

 親が子どもに十分な体験機会を与えれられれば、体験格差は解消される。口で言うのは容易だが、家庭内で解決するのは難しいだろう、と中室氏。

「特に今の日本では、共働き世帯は増加の一途をたどり、全体の約64%を占めています。おそらく、多くの家庭が子育てにかける時間のやりくりに悩んでいるのではないでしょうか。しかも経済的に余裕がなければ、生計を維持するのに精いっぱいで、子どもと十分な時間を過ごすこと自体が難しいはず。そんな状況から脱するのは容易ではありません」

 さらに近年は、無償あるいは安価で体験ができる施設の減少も、格差を拡大させている。たとえば、全国各地に点在する「少年自然の家」などの体験施設だ。

 以前は、多くの子どもが利用できる体験のインフラとして機能していたが、運営元の自治体の財政難や少子高齢化によって、この13年間で約4割の青少年教育施設が閉鎖に追い込まれた。その結果、家庭の経済状況にかかわらず、子どもが体験を得られる場所そのものが減っているのだ。

「体験格差は、学力や学歴の格差と比較すると、あまり注目されてきませんでした。私は『子どもの体験格差解消プロジェクト』に参画し、子どもたちの体験の支援を始めました。このプロジェクトは、子どもに体験機会を提供して調査と研究を行い、よりよい体験機会の創出につなげるのが主な活動です」

 同プロジェクトでは昨年、経済的困窮や不登校など、社会的に孤立しやすい状況にある中高生を世界最大級の国際芸術祭「大地の芸術祭」に無償で招待するイベントを開催。今後もさまざまな団体と協働して、子どもたちに“体験”を提供していく予定だという。

 まずは私たち大人一人ひとりが、子どもの体験格差に目を向ける。それこそが格差解消の第一歩となるはずだ。

親の学歴・所得の差が「子どもの体験格差」に…成長への深刻な影響とは
<プロフィール>
中室牧子
東京財団政策研究所研究主幹、慶應義塾大学総合政策学部教授。慶應義塾大学卒業後、日本銀行を経て2010年にコロンビア大学でPh.D.。専門は、経済学の理論や手法を用いて教育を分析する「教育経済学」。著書に『「原因と結果」の経済学―データから真実を見抜く思考法』(共著、ダイヤモンド社)、『「学力」の経済学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)などがある。