「共創」による革新と共進化でデジタル革命の時代に社会的インパクトを生む

経済的価値から社会的価値まで、共創の持つ意義を問い直す

 日本企業の国際的なプレゼンスは1980年代にピークに達しましたが、90年代以降、多くの企業は画期的なイノベーションを生み出せなくなり、全体的な競争力は低下傾向が続いています。その理由としてよく指摘されるのは、過剰な自前主義と多様性の欠如(多様な専門性活用の欠如)、そして技術や製品・サービス開発、生産性向上における現場への過度な依存と負荷です。

ラマスワミ それは日本に限ったことではありません。欧米先進国でも、インドなどの新興国でも、多くの伝統的大企業は自社中心主義のパラダイムにとらわれています。

 自前主義の価値創造から共創による価値創造へのパラダイムシフトは、基本的にデジタル革命に起因しており、国境は関係ありません。18世紀末以降の第1次産業革命から20世紀末の第3次産業革命(IT革命)まで、価値の源泉は製品やサービスそのものにありました。ですから、企業のバリューチェーンやオペレーションモデルは、製品を中心にデザインされてきました。

 しかし、21世紀に入ってデジタル革命という新たな産業革命が進む中で、価値の源泉は製品そのものから、製品やサービスを通じて生み出される体験(エクスペリエンス)へとシフトしています。

「共創」による革新と共進化でデジタル革命の時代に社会的インパクトを生む

 ここでいう体験とは、ユーザー体験、顧客体験、従業員体験などを含む広い意味での体験であり、ステークホルダーとのインタラクション(対話、相互作用)を通じたイノベーションにより生まれる新たな体験を意味します。

 私はライフエクスペリエンス(人生の体験)という言葉を使うこともありますが、そこにはウェルビーイングやサステナビリティに関する新たな体験も含まれます。

 要するに、今求められているのは製品のイノベーションではなく、体験のイノベーションなのです。

 IT革命の時代は、ソフトウエアが大きな価値を生み出しましたが、それはパッケージ化されたものや製品に組み込まれたものであり、プロダクトとしてのソフトウエアでした。クラウドを通じてソフトウエアがサービスとして提供されるデジタル革命の時代には、ソフトウエアそのものではなく、ソフトウエアによって定義される体験が価値を創造するのです。

 例えば、自動車の価値はかつて、その機能と品質によって規定されました。しかし、最近の自動車はプラットフォーム(車台)上にコンピューターが載っているようなもので、外部とネットワーク接続されたコネクテッドカーになっています。さまざまなセンサーを通じてドライバーや乗員、外部環境とのインタラクションを行い、ソフトウエアによって制御された、より安全で良質な体験を提供することが、自動車の価値を定義します。 

ばらつきを最小化するのではなく極大化する

山田 第3次産業革命まで、長らく機能してきた製品中心のバリューチェーンやオペレーションモデルを、体験中心の価値創造モデルへとシフトするには抜本的な変革が必要です。

 デジタルネイティブなスタートアップは別として、製品・サービス中心の価値創造モデルで成功を収めてきた企業は、製品やサービス開発の過程において、顧客体験起点での価値創造や組織のカルチャー、人材のケイパビリティー、デジタルテクノロジー活用などのあらゆる面で変革に取り組む覚悟が求められます。

ラマスワミ 伝統的大企業においてイノベーションが停滞している理由が、まさにそこにあります。

 製品中心の価値創造モデルでは、シックスシグマのような手法を用いて品質管理や業務プロセスを磨き上げることに注力してきました。この点で日本企業はとても優れています。それ故に、体験中心の価値創造モデルへのシフトに苦労しているのだと思います。

 製品中心モデルでは、製品の品質や業務のばらつきを最小限に抑えることが価値創造につながり、その点においてシックスシグマなどの手法が適していました。同じような高品質・高機能の製品を誰もが手に入れられるようにすることが、価値の最大化につながっていたからです。

 一方、体験中心モデルにおいては、体験のばらつきを極大化することが重要となります。なぜなら、ユーザーが望む体験は人によって異なるからです。企業が考えた画一的な体験を提供するのではなく、個々のユーザーが求める体験、つまり高度にパーソナライズされた体験を提供することによって、エンゲージメントが最大化するのです。

 製品中心モデルと体験中心モデルのもう一つの大きな違いは、価値が固定化されたものかどうかです。

 製品中心モデルでは、企業がユーザーに製品を販売した時点で関係が途切れますから、価値はその時点で固定されます。製品のメンテナンスのために関係が継続するケースもありますが、販売後は経年劣化で製品価値が減損するだけで、販売時点より高まることはありません。

 しかし、体験中心モデルでは、サブスクリプション(定期課金)型のリカーリングビジネスを想像すれば分かるように、製品・サービスの利用契約を結んだ後もユーザーとの関係が継続し、その継続的な関係の中で製品をアップデートしたり、サービスを改善したりしながら、体験価値を高めることができます。逆に良質な体験を提供できなければ、価値は下がります。

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