「共創」による革新と共進化でデジタル革命の時代に社会的インパクトを生む

経済的価値から社会的価値まで、共創の持つ意義を問い直す

山田 つまり、顧客を取り巻く環境に基づいて価値が変動するため、顧客とのインタラクションを通じて、顧客体験を高度にパーソナライズすると同時に、製品・サービスを柔軟に変化させ、体験価値を向上し続けるケイパビリティーが必要になるということですね。

ラマスワミ その通りです。ただ、製品中心モデルで築き上げてきたケイパビリティーや資産が生きる部分もあります。体験が価値の源泉になるとはいっても、多くの体験は製品を通じて提供されるわけで、製品そのものの品質も体験価値を左右するからです。

 優れた品質管理の能力を維持しながら、体験のイノベーションを創出する能力を獲得できれば、伝統的大企業であっても新たな価値創造は十分に可能です。

体験のイノベーションの創出は共創でしか成し得ない

山田 製品・サービス中心モデルで成功してきた企業は、体験のイノベーションを創出する力をどう獲得するかが課題になるとのことですが、そこで共創が大きな意味を持ってきますね。

 顧客も含め多様なステークホルダーとのエコシステムの構築、スタートアップとのオープンイノベーションなど、企業の内部にある価値と外部にある価値を連動させた活動が新たな能力の獲得や企業の内部変革、自前主義の排除を推進し、体験のイノベーションを促すはずです。

「共創」による革新と共進化でデジタル革命の時代に社会的インパクトを生む

ラマスワミ そうです。企業の外部にこそ価値の源泉があるのです。デジタルプラットフォームとエコシステムを活用したスタートアップが次々と誕生し、瞬く間に大きく成長しています。伝統的大企業にとって重要なのは、そうしたスタートアップと“共進化”(Co-Evolution)できるかどうかです。

 自前での成長ではなく、外部との共進化という発想の転換が必要です。

山田 外部との共進化を実現するためのファーストステップとして、社内において部門の縦割り構造を超え、内部にある価値を可視化し活用しながら、外部との協働と共創を促進するためのカルチャー変革や組織・人材変革、システムおよびデータの連携基盤、すなわち「デジタル共創プラットフォーム」が必要です。

 そして、デジタル共創プラットフォームは、外部との共進化を視野に入れた上で、築き上げていくことが重要になってきます。

ラマスワミ そのいい例が、アマゾンです。創業者のジェフ・ベゾスは、社内のシステムやデータをAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)で接続すると号令を掛け、セリングパートナーと呼ばれる同社のeコマースサイトへの出品者もAPIを通じて商品情報を更新したり、注文・出荷や支払い情報などを取得したりできるようにしました。

 それを発展させ、パブリッククラウドとして外部に提供しているのがAWS(アマゾン・ウェブ・サービス)であり、今では同社の稼ぎ頭となっています。

 アマゾンは、インタラクションを前提として統合されたアーキテクチャーで社内システムを構築し、それを外部と接続して、エコシステムを形成したのです。API連携などはささいなことだと思うかもしれませんが、社内と社外を分けず、また物理空間とデジタル空間を切り離さず、標準化されたインターフェースを介して協働できるようにした意義はとても大きいのです。

 API連携の基盤をつくったことで、「デイ・ワン」(Day One)カルチャーとして知られるアマゾンのベンチャースピリットと俊敏性を維持することができ、そして今の成長へとつながっているのだと私は理解しています。

共創に取り組む主体が持つべき「PIE-X」の視点

山田 最適化されたアーキテクチャーによるデジタル共創プラットフォームの構築が共進化を促進し、社内のDX(デジタルトランスフォーメーション)が加速されると同時に、社外とのエコシステム形成と共進化によって大きな価値を生み出す。そうした事例は、アマゾン以外にもあります。

 例えば、新型コロナウイルス用のワクチンで脚光を浴びたモデルナは、非常に短期間でワクチンを開発し、世界中で多くの人を生命の危機から救うことに貢献しました。

 同社はmRNA(メッセンジャーRNA)を用いた創薬を目的に設立され、まだ10年ちょっとの歴史しかありませんが、プログラムを書き換えることで新たなソフトウエアを開発するのと同じように、遺伝子配列を組み換えることで新しいmRNAワクチンを設計・開発できるデジタルプラットフォームを構築していました。それが、短期間で新型コロナワクチンを開発できた大きな要因の一つであり、今も数多くの新薬開発をデジタルプラットフォーム上で進めています。

 さらに、自社の創薬プラットフォームを外部の研究者に開放する取り組みも始めており、共進化による大きな社会的インパクトの創出にチャレンジしている好例といえます。

ラマスワミ 確かにモデルナも、とてもいい事例だと思います。経済的にも社会的にも、大きなインパクトを生み出すには、「スケール」(規模)、「スコープ」(範囲)、「スピード」(速度)の三つの要素が重要で、デジタルプラットフォームはその基盤となります。

 私はさまざまなステークホルダーが共創によって新たな価値を生み出すために欠かせない視点を、PIE-X(パイエックス:プラットフォーム、インパクト、エンゲージメント、エクスペリエンスの四つを意味する略語)という言葉で表現しています。

 標準化されたデジタルプラットフォーム上で、ステークホルダーの体験を結び付けることによってエンゲージメントが高まり、大きなインパクトが生まれることを表します。

 これは、大企業もスタートアップも、あるいは公共セクターやNGO(非政府組織)なども、共創による価値創造を目指す、全ての主体が持つべき視点です。

公的デジタルプラットフォーム「インディア・スタック」の威力

山田 PIE-Xの視点から説明できる価値共創の典型的な事例として、何が挙げられますか。

ラマスワミ インドにおける国を挙げたDXの例をご紹介しましょう。インドでは2010年から個人識別番号制度「アドハー」(Aadhaar:日本のマイナンバー制度に当たる)の導入が始まり、アドハーを軸にしたデジタル政策「デジタル・インディア」を推進しています。

 これを推進する強力なエンジンとなっているのが、公的なデジタルプラットフォームである「インディア・スタック」(India Stack)です。インディア・スタックはオープンなAPI群で構成されたプラットフォームで、生体認証による本人確認、キャッシュレス決済、電子署名などのペーパーレス手続き、本人の同意に基づく個人情報の記録・共有などの基盤となっています。

 14億人もの人口がいて、20以上の公用語があり、州政府の権限が強いインドでは、行政サービスを滞りなく行き渡らせるのは簡単ではありません。貧富の差が大きく、出生届や転居届を出さない人がいるので、誰が社会保障の対象なのかを特定するだけでも大変でした。対象者が分かっても、銀行口座を持たない人がいるので、公的支援金の受け渡しもひと苦労です。

 今は全人口の90%以上、約13億人がアドハーに登録済みで、本人確認が容易になり、銀行口座を開設するのも、スマホを契約するのも一般化しました。行政手続きや公的支援もスムーズに進むようになりました。

 インディア・スタックは民間にも開放されているので、民間企業がこのデジタルプラットフォームを利用して便利なサービスを次々に開発しています。これまでは主にキャッシュレス決済・電子送金のプラットフォームとして利用者を増やしてきましたが、今では医療や農業、自動車産業などのデジタル化を推進するプラットフォームとしても発展しつつあります。

 インドのIT企業の業界団体NASSCOM(ナスコム)によると、21年にインドでは2250以上のテクノロジースタートアップが起業し、240億ドル(約2兆6400億円)がスタートアップに投資され、42のユニコーン企業(企業評価額10億ドル以上の株式未公開企業)が生まれました。これもインディア・スタックが整備されたことによる効果が大きいと思います。

日本独自の第三の道で「ジャパン・スタック」の構築を

山田 日本でも個人識別番号制度が導入され、社会の基盤となるデータベース「ベース・レジストリ」の整備を進めるなど、政府を挙げたデジタルプラットフォームの構築に取り組んでいます。

 民間主導の米国モデル、政府主導のインドモデルのどちらも非常に参考になりますが、民間部門、公的部門、そして市民が共創によって社会的インパクトを創出していくには、日本独自の第三の道を見いだす必要があると思います。

ラマスワミ その通りです。社会的、経済的に持続可能なインパクトを生み出すというゴールに向かって、「ジャパン・スタック」をどう共創していくか。確信を持って言えることは、共創のための標準化されたインターフェースが必要不可欠だということです。

山田 より民主的で分散型の価値共創を可能にするには、共創のための標準化を推進するAPI連携や生成AIに加えて、体験のイノベーションを創出するための仕組みをデジタルプラットフォームに組み込み、デジタルプラットフォーム自体を継続的にアップデートしていくことも重要です。

ラマスワミ 生成AIを活用することで、インターフェースのバリエーションが増えますし、アプリ開発やツール開発が容易になるのは間違いありません。その流れはどんどん加速し、人とAIによる共創が間もなく現実のものになるでしょう。

 ただ、最先端のテクノロジーを活用する前に、どんなライフエクスペリエンスを共創するのか、どのような体験のイノベーションをつくり出すのかをステークホルダー間で議論し、定義しておくことが大事です。

 つまり、テクノロジースタック(特定の目標を達成するために協働するソフトウエアやツールの組み合わせ)の上位に、エクスペリエンススタックを置かなければいけません。その点を忘れると、わなに捕らわれてしまいます。

 技術中心のプラットフォームからは、製品中心のバリューチェーンと同じように、体験のイノベーションは生まれないのです。

山田 おっしゃる通りだと思います。AIのプログラムを書くのも、学習させるのも人間であり、どのようなエクスペリエンスやエクスペリエンスエコシステムをつくるかを考えるのは、人間の仕事です。

共創によって学習する組織をつくる

山田 この不連続で複雑な変化の時代、予測不能な時代において、共創型企業への変革を目指す日本のビジネスリーダーにメッセージをお願いします。

ラマスワミ 共創にはリーダーの力強いコミットメントと、共創を可能にするデジタルプラットフォームとエコシステムが必要です。そして何より、共創は一人一人のインタラクションから始まります。

 従業員や顧客、外部のステークホルダーとつながり、共創に巻き込んでいくために、リーダーはその結節点となることが求められます。価値創造が民主化され、分散化された今日において、共創に関わる全員がイノベーターとしての力を発揮できるようにするのが、リーダーの仕事です。

 私はデジタル革命の時代においても、日本には特有の機会があると思っています。品質革命をもたらした日本の能力をこれからの時代にも生かすことができますし、ロボティクスなどの分野で日本は世界の最先端を走っています。日本の創造力は豊かで、変革のエネルギーもたまっています。あとは、いかに迅速に共創を実行できるかです。

 不連続な変化の時代は、勇気とビジョンを持つ者にとっては、チャンスの時代なのだということを忘れないでください。

山田 ラマスワミ教授のお話を伺っていて、共創とは、学習し、常にイノベーションを起こし、成長する組織をつくり出すコンセプトでもあると感じました。個人間の有意義な相互作用によって、人はより速く学び、共進化することが可能となります。そうした組織をつくり、個々人の自律的なイノベーションを推奨、評価していくことも、ビジネスリーダーの重要な仕事です。

 われわれアビームは、変革プロセスそのものに共創のメカニズムを組み込み、共創を通じた変革によってクライアントの組織と人材のケイパビリティーを飛躍的に高める「変革の体験価値」を創出し続けられる存在を目指します。

●問い合わせ先

アビームコンサルティング株式会社

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