2022年11月、内閣主導で「スタートアップ育成5か年計画」が発表された。2027年をめどにスタートアップに対する投資額を10兆円に増やし、将来的にはスタートアップの数を現在の10倍にしようという野心的な計画だ。新たな産業をスタートアップが作っていくことへの期待が感じられる。このようにスタートアップへの注目が高まる中、ベストセラー『起業の科学』『起業大全』の著者・田所雅之氏の最新刊『「起業参謀」の戦略書ーースタートアップを成功に導く「5つの眼」と23のフレームワーク』が発売に。優れたスタートアップには、優れた起業家に加えて、それを脇で支える参謀人材(起業参謀)の存在が光っている。本連載では、スタートアップ成長のキーマンと言える起業参謀に必要な「マインド・思考・スキル・フレームワーク」について解説していく。

Amazonの事例に見る「オセロの四隅を取る」戦略思考とは?Photo: Adobe Stock

スタートアップの目的は、
「勝ち続ける仕組み」を作ること

 前述したが、新規事業やスタートアップの目的は、PMF(市場で顧客から熱狂的に支持される製品・サービスを実現すること)を達成し、「ある期間のみ売上を伸ばすこと」ではない。

「勝ち続ける仕組み」を作ることが最終目的だ。しかし、短期的なキャッシュフローや顧客獲得に注力しがちな起業家は、「長期的な視点で勝ち続けること」にまで気が回らないことが多い。

 事業のムダをなくすことを「オセロの四隅を取る」と表現する。

 リソースを投下してオセロの盤の中央部を取ったところで、四隅を取られたら、いずれはライバル社にひっくり返されてしまう。中長期的に見ると、それでは負けだ。勝つためには、オセロの四隅を取っていくようなリソースの使い方が求められる。

なぜ、Amazonレビューの機能を実装したのか?

 Amazonが非常に大きくなってから成長を続けているのも、実は初期の頃から「ムダ」を排除する視点を持っていたからに他ならない。

 創業2年目の1995年にはAmazonレビューを実装した。一見すると、Amazonレビューにどんな価値があるかはわかりづらい。逆に出版社側からすれば商品にレビューをつけられることは、マイナス評価を得るリスクにつながり、本が売れなくなるのでレビューを避けたいと考える。つまり、レビューなどなく全ての書籍が「5つ星扱い」のほうがいいと考えてしまう。

 そういった短期的な思考に囚われた関係者の中には、これは悪策であると反対した人もいた。しかし、ジェフ・ベゾスはこれを一蹴した。

 Amazonは無数のタイトルがあるからこそ、レビュー機能をつけて、購買の判断基準を与えることがUX(ユーザーエクスペリエンス:顧客体験)の向上につながると、考えたのだ。このAmazonレビューこそが、Amazonが長期で勝ち続ける礎となっていった。

 現在、あらゆる商品にAmazon上でレビューがなされており、Amazonで買う人だけでなく、実店舗や他のECサイトで買う人も、Amazonレビューを参考にしている(結果として、Amazonで購入するケースも少なくない)。

 初期のAmazonのビジネスモデルは非常に単純で本の卸から仕入れて、顧客に届けるというシンプルな構造だ。誰にも容易に考えつきそうだが、Amazonがここまで大きく強くなった本質は、そのシンプルなビジネスモデルの裏にある「持続的競合優位性を構築する仕組み」だ。

 それが、ジェフ・ベゾスが紙ナプキンの裏に書いたと言われているフライホイールである(下図)。

 フライホイールとは、日本語訳すれば羽根車だ。上図の通り、ぐるぐると事業の要素をポジティブに循環させていくことで、顧客が増えたり、本の取り扱いが増えたりと規模が増大していく。

 さらに、売上が伸び、社員が増えて、仕入れもできるようになっていく。そうするとさらに顧客の選択肢が増えて、UXが向上する。その結果、事業がどんどん成長していく。

 事業が拡大すると、1回のトランザクション(商取引)あたりにかかる固定費が下がるので、より低コストで書籍を出荷することができるようになる(いわゆる利益逓増)。それが顧客に還元されて、さらにUXが高まっていくという構造だ。

Amazonの「四隅を取りにいく戦略」とは

 先述したAmazonレビューは、このUXの向上に大きく寄与している。レビューがなければ、顧客は膨大な書籍の中からどれを選んだらいいかがわからなくなってしまう。

 これにより、フライホイールには成長につながるダブルループができているのである(これをビジネスを動的に捉える「魚の眼」と私は呼んでいる。「魚の眼」については、後ほど詳しく解説する)。

 Amazonは、レビューの仕組みだけでは終わらない。ユーザーがAmazonで購入をするとユーザーの購入データが蓄積され、より精度の高いレコメンドを提供できるようになる。これにより、「選べない」という顧客の迷いが減り、UXが一層向上していく

 こうして、2重、3重、4重にもループがぐるぐる回っていることが、Amazonが長期で勝ち続けているポイントである。

 これこそが、「オセロの四隅を取りにいく戦略」(徹底的にムダを省く戦略)である。Amazonは、少なくともレビューを活用する戦略に関しては、創業当初の1994年時点から進めていた。

(※本稿は『「起業参謀」の戦略書ーースタートアップを成功に導く「5つの眼」と23のフレームワーク』の一部を抜粋・編集したものです)

田所雅之(たどころ・まさゆき)
株式会社ユニコーンファーム代表取締役CEO
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップなど3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動。帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。また、欧州最大級のスタートアップイベントのアジア版、Pioneers Asiaなどで、スライド資料やプレゼンなどを基に世界各地のスタートアップの評価を行う。これまで日本とシリコンバレーのスタートアップ数十社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めてきた。2017年スタートアップ支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役CEOに就任。2017年、それまでの経験を生かして作成したスライド集『Startup Science2017』は全世界で約5万回シェアという大きな反響を呼んだ。2022年よりブルー・マーリン・パートナーズの社外取締役を務める。
主な著書に『起業の科学』『入門 起業の科学』(以上、日経BP)、『起業大全』(ダイヤモンド社)、『御社の新規事業はなぜ失敗するのか?』(光文社新書)、『超入門 ストーリーでわかる「起業の科学」』(朝日新聞出版)などがある。