私自身、こうした研究の再現性の問題に対処し、信頼できる科学的根拠を積み上げようという姿勢はこれまでのキャリアでも大事にしてきたところなので、この事態はたいへん嬉しいサプライズだと感じている。たとえば本書の中では「たまたま自説に都合の良い実験結果ばかりが公表されないようにどのような実験を行うかは事前に登録し公表する」という仕組みが出てくるが、日本で最初に作られた研究事前登録システムを運用する研究センターの副センター長、というのが、自分が大学教員時代に最初に就いたポストである。
また、論文として公表された分析結果をまとめて分析し、そこから科学的知見の現在地を把握するメタアナリシスという考え方も本書に出てくるが、これについては拙著『統計学が最強の学問である』の最終章で紹介している。統計的仮説検定を何度も繰り返し自説を支持するような結果が出る部分を探すことの問題についても本書の中では言及されているが、こちらも『統計学が最強の学問である【実践編】』の中でわざわざ検定の多重性とその対処法として言及した。
一般的な統計学の入門書の中でメタアナリシスや検定の多重性に関して言及するものはそれほど多くないように思うが、このあたりは統計手法の数式を理解することなどよりよほど社会人として重要なことだと思っている。
日本人の科学リテラシーはこれで一段上がることに
おそらく『Science Fictions あなたが知らない科学の真実』が日本で発売される前、日本のビジネスパーソンのリテラシーは大きく2つに分けられていただろう。①ビジネス上の意思決定を経験と勘と事例のみに基づき行おうとするものと、②そこに科学的知見を取り込もうとするものである。
だが本書の発売により、これは3つに分けられることになる。すなわち、①ビジネス上の意思決定を経験と勘と事例のみに基づき行おうとするもの、②そこに再現性のない科学的知見を取り込んでしまい振り回されるもの、③再現性を吟味した上で科学的知見を取り込むもの、である。
ともすれば、この2つめの層は恥をかきやすくなる時代になるとも言えるかもしれない。本やノンフィクションの映像などから学んださまざまな知識を会議中に発言しても「それの再現性、疑問視されてましたよね……」とツッコミを入れられるだけの結果になるかもしれないのだ。
皆様もいち早く本書を通して科学的知見を正しく解釈するためのリテラシーを身に着け、適切にツッコミを入れる側になっていただければ幸いである。