「起業家が後悔しないための本」をコンセンプトにした、『起業家のためのリスク&法律入門』が発売され、スタートアップ経営者を中心に話題を呼んでいます。実務経験豊富なベンチャーキャピタリストと弁護士が起業家に必要な法律知識を網羅的に解説した同書より、“スタートアップあるある”な失敗を描いたストーリーを抜粋して紹介します。第9回のテーマは「スタートアップにおけるハラスメントの影響」です。(執筆協力:小池真幸、イラスト:ヤギワタル)

俺の会社なんだから、嫌なら辞めればいいんだよ!

 ついにここまで来た──。

 大学生の頃から転売ビジネスで荒稼ぎしていた俺に、普通の企業に入って、ぬるま湯のような社会人生活を送る選択肢はなかった。「とにかくがむしゃらにビジネスがしたい」。その一心で、新卒から数社、スタートアップ企業を渡り歩く。最後の会社では取締役にまでなったが、他の経営陣の無能さに耐えきれなかった。自分で何から何までやるのが一番いいはずだと強く思い、社会人5年目の夏、独立起業を果たした。

 受託のウェブ制作で日銭を稼ぎつつ、大ホームランを狙えそうなtoCサービスのアイデアを試しまくった。たぶん、7年で100個はアイデアを試したんじゃないかと思う。社員にもとにかくフルコミットを求め、朝から晩まで、休日も正月もなく仕事に打ち込んだ。

 そうしてガムシャラに数を撃ちまくり、ようやく軌道に乗る兆しを見せたコスメサービスに行き当たる。ここぞとばかりに一気に資金調達をし、採用も強化。幸い、時代の波にも乗り、3年で若者の誰もが知っているようなサービスにまで成長した。

 シリーズCの大型調達の具体的な検討を進めていたとき、ついにIPOが視野に。主幹事も決まり、証券引受審査を通過、上場申請、上場承認と順調に上場に向けたプロセスが進んでいった。

 しかし、そんな大事なときに、事件は起こった。上場承認後、東証への投書があり、証券会社に連絡が行った結果、内部調査が入ることになったのだ。

 俺は不正なんてやってない──そう思って焦ったが、どうもそういうことではないらしい。

 自分で言うのも何だが、俺はかなりのワンマン社長だ。これまでも、数え切れない社員をクビにしてきた。たとえば数か月前、事業のアクセルを踏むときに、「もっと慎重に事業を進めるべきだ」と進言したヤツを、幹部にもかかわらずその瞬間に能力不足を理由として解雇した。社内はざわついたが、「これが俺のやり方。ついてこられないなら辞めてくれてかまわない」と言い回り、反対しそうな従業員を1人ずつ呼び出し、「嫌なら辞めてくれてかまわないよ」と面談した。

嫌なら辞めれば

 何も間違ったことはしていない。経営は仲良しサークルじゃない。この激しい市場環境の中で、少しでも価値観や求めるスピード感が合わなかったら、命取りになる。何も無理して働かせているわけじゃないのだ。

 辞めなかったのに不満気な従業員は、懲戒処分として降格させたり、仕事を与えなかったりと、明確にスタンスを示した。それなら流石に辞めるだろうと思ったのだ。

 しかし、ヤツらは辞めなかった。次第に、多くの従業員がヤツらに同情的な態度を示すようになり、気づけば俺に対して友好的に接してくれる人はほとんどいなくなっていた。「これだから無能は……」。この大事な時期に、思わぬ足かせとなり、俺はとても苛ついていた。

 それでも、俺の味方でい続けてくれる従業員が、何人かいた。なかでも、創業初期からのメンバーである、セールスの女性社員Aは、何かと気にかけて声をかけてくれた。孤独な心には優しさが染みて、気づけば「a子ちゃん」と下の名前で呼ぶ間柄になり、話したいことがあるけれど日中忙しくて時間が取れないときは、夜中に会社近くの俺の自宅まで来てもらうこともあった。無能社員に頭を悩まされるなか、唯一の癒やしだ。移動中のタクシーの中で手をつないだことはあったが、何か深い関係性になったわけではないから、セクハラになる心配もないだろう。

 しかし、調査の結果、社内でのパワハラやセクハラが問題視され、証券会社としては引き受けることができないという態度に急変。結局その後。上場申請を取り下げざるをえなくなった。どうしてこんなことになってしまったのだろう──。

まさか上場できないなんて