三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第82回は加速する円安の先に待ち受ける、近未来のシナリオを分析する。
イギリスの若者が「なんでも食えるぞ」
主人公・財前孝史は為替取引に強い投資部の富永大貴からレクチャーを受ける。富永は円安で大挙して押し寄せる外国人観光客は、日本の魅力ではなく、「安売り」に引き付けられているだけだと分析。自国通貨の下落にメリットはないと言い切る。
「おい、次は日本に行こう」「いや、あそこはなんでも高いだろう」「それ、いつの時代の話だ。今は10ポンドでなんでも食えるぞ」「ほんとか。よし、次は日本だ」
2023年の夏、ヒースロー空港のロビーで英国人の若者2人のこんな会話が耳に入ってきた。1週間のロンドン滞在で円安とインフレの凄まじさを経験し、「そうそう遊びに来られないな」と参っていた私は、苦笑いするしかなかった。
それ以降、外食するとしばしば「これ、ロンドンなら何ポンドかな」と考える。2016年から2年間ロンドンに駐在していたので現地の相場は肌感覚で分かる。2023年にインフレの影響もアップデートしたから「推計」に狂いは少ないはずだ。
東京もレストランや飲み屋の価格はかなり上がってきたものの、1ポンド190円程度という強烈な円安により、外食の価格差はなお2~3倍というのが実感だ。ロンドンではドリンクと軽い食事で数千円、お酒付きで夕食を楽しめば1万数千円から2万円は飛んでいく。
円安ニッポンでこれから起きること
さすがに今の内外価格差は異常で、いずれ修正されるだろうと私は考えている。2国間の物価が似たり寄ったりの水準に接近する、いわゆる購買力平価の圧力は、短期では頼りにならないが、長期ではある程度有効なはずだ。現在の水準は購買力平価の理論値からあまりにも外れすぎている。
内外価格差が解消されるパターンは3つある。ひとつは、現状では考えにくいが、海外の物価が日本並みに下がること。これを除外すると、円高になるか、海外を超えるペースで日本の物価が上がるか、いずれかしか道はない。
現実的なシナリオとしては将来、極端な円安の是正とインフレ、両面から「安い日本」は緩和するのではないか。インフレが定着して金利が押し上げられ、円の下落にブレーキがかかるというイメージだ。今の異常な内外価格差の原因はデフレと低金利にあるから、その巻き戻しが起きると考えれば自然な流れではある。
日本経済の現状からは、インフレの定着も、円の反転も、想像しにくい。だが、今のトレンドを伸ばしていけば、その先には東京とロンドンでランチの値段が4倍、5倍と開いていく未来が待っている。私にはそちらの方こそ可能性が低い筋書きに思える。何事にも「ほど」というものがある。
無論、私の見立てが外れる可能性はある。その場合、円の価値は崩れ、物価も賃金も上がらず、日本人の購買力は壊滅的なダメージを被る。賃金や現預金、不動産、年金など円建ての収入や資産の価値はグローバルな観点からは大きく目減りし、輸入品には手が出ず、海外旅行は夢のまた夢となる。
そんなリスクをヘッジするために、いずれ極端な円安は修正されるだろうと予想しているのに、私は資産運用を海外株や債券を中心に組み立てている。円高になれば投資では損が出るが、投資以外の賃金や貯蓄、不動産の価値の目減りが防げるから、トータルでは円高の方が私にとってはプラスだ。
円高、円安、どちらに転んでも詰まないように備える。投資の本質はリスク管理だ。