三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」の第28回。iモードやmixiといった有力なウェブサービスを生み出しながらも、GAFAのように世界的な覇権を握るには至らなかった「惜しすぎる国」ニッポンの課題とは?「捨てたものではない」というポジティブな側面にも光を当てる。
米国勢との決定的な違い
主人公・財前孝史と道塾学園創業家の現当主の対話は国産OS「トロン」の浮沈を軸に進む。ITのプラットフォーム競争での敗北を繰り返さないためにもベンチャー投資を、と力説する財前に当主は法外な要求を突きつける。
トロンには様々な「伝説」がある。作中の見立てはその一つの類型だ。真偽は別にして、なぜ日本はOSを含むプラットフォームビジネスで後塵を拝しているのかを考えてみたい。
ネットの世界で世界的プラットフォームを構築しているのは米国勢だけだ。それを支えたのはイノベーションを育てるシリコンバレーのエコシステムであり、米国を中心とする英語圏のマーケットの厚みであり、チャレンジを許容するカルチャーだろう。
イノベーションのスピードと厚み、それを育むマーケットの大きさ。プラットフォーム型ビジネスが成立する条件を米国以外で満たしている国が、中国だ。世界からは閉ざされているし、最近はIT産業への逆風が強いものの、世界最大の国内市場で揉まれて生き残った企業群はプラットフォーム型の巨大テック企業となっている。
だが、希望もある
残念ながら、日本はそうした条件を満たしていない。だが、日本も捨てたものではない。それどころか、日本には世界有数の強靭なプラットフォーム型のビジネスがあると私は考えている。それはマンガ・アニメ産業だ。単独企業がコントロールする米国や中国とは違うが、産業全体で見ると、日本のマンガとアニメは巨大なプラットフォーマーのような顔を持っている。
統一されたフォーマットにソフト・コンテンツが集まり、それが大きなカネの流れを生む。新ジャンルを切り開く作家の創造性と厚み、才能を発掘・育成するエコシステム、商業性の高い作品をアニメ・映画にスケールさせるビジネスフロー、グッズやゲームなどIPビジネスへの横展開まで、シリコンバレーのエコシステムにも似たヒト・モノ・カネのネットワークが出来上がっている。MANGAという国際的ブランドも含め、他国が追随するのは難しい。
70年以上も前に、手塚治虫というひとりの天才がマンガというオープンソースのOSを日本社会に組み込んだ。手塚の後を追ったクリエイターたちがバージョンアップを重ね、磨き上げられたフォーマットとコンテンツは世界に誇る文化に育った。単独企業がビジネスを独占する形態ではないからこそ、雑誌、テレビ、映画、ネット配信と時代とともにメディアが変わっても、柔軟に対応して生き残り、成長を続けてきた。
マンガがユニークなグローバルビジネスになりえたのは、逆説的だが、そんなモノを作るつもりもなかったからなのだろうと私は思う。所得水準の高い大きな国内マーケットの中で、面白いマンガを世に送り出したいという作り手と、面白いマンガを求める目の肥えた読者が、何十年もかけて深く、深く、マンガという文化を掘り下げてきた。世界の基準でみれば、日本人は「1億総オタク」に近いマンガ中毒だ。
自分たちが楽しんで異常進化させていたものを世界に「発見」される。この構図は様々な伝統芸能やラーメン、emojiにも通じる。マンガは、そんな日本人のいい意味での変態性がグローバルビジネスに育った稀有な例なのだろう。