【マンガで学ぶ】「人間は投資に向いてない」元日経新聞記者がキッパリ言い切る理由『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する新連載「インベスターZで学ぶ経済教室」。やさしく、時に鋭く、投資の真髄に迫る……はずが、初回から「人間は投資に向いてない」って一体どういうこと? 教えて、高井さん! 

草食系のコツコツ投資は「教義」?

 主人公の財前孝史は私立中高一貫校「道塾学園」に入学する。明治中期に豪商・藤田金七がひらいた札幌の名門男子校は、なんと学費が無料。そのカラクリの心臓部を担うのが中高の各学年で最優秀の生徒6人が集う「投資部」だった。3000億円もの創業家の資産を運用する「学内ヘッジファンド」が運営費を稼ぎ出しているのだ。5年ぶりの全教科満点という抜群の成績で合格した財前は、謎めいた「投資部」に巻き込まれていく。
 
 図書館の地下の秘密施設。机上に並ぶ数々のディスプレー。巨大な円形扉の金庫。そして麻雀卓を囲む若者たち。三田紀房の『インベスターZ』はそんな現実離れした舞台設定から始まる。
 
 ルールも知らずに麻雀に参加した財前は当然、負けるのだが、このシーンで投資部の部長、高校3年生の神代圭介が吐くセリフが、いい。いわく、「この世で一番エキサイティングなゲーム 人間の血が最も沸き返る究極の勝負……それは金、投資だよ!」
 
 このコラムの筆者は、マーケットオタクだ。経済記者として過ごした28年の半分以上を、投資やマーケットの世界を取材して過ごした。
 
 日本の金融危機からITブーム、リーマンショック、ユーロ危機、アベノミクス相場、コロナショックとその後の株価急騰などなど、マーケットの激しい浮き沈みと、それに翻弄される市場関係者を間近で見てきた。そんな私には、この神代の言葉は、マンガの初回の「つかみ」以上の真実がこもったものに響く。
 
 当世の流行りであり、個人投資家の王道は草食系の「コツコツ積み立て投資」。エキサイティングなものではない。それどころか「血が沸き返る」のは避けてどんなときでも淡々と積み立てを続けるべし、とされる。だが、それは投資やマーケットが人間の心を激しく揺さぶるからこそ唱えられる「教義」なのだ。

損失は利益の2倍痛い

 そもそも、人間は本来、投資に向いていない。これは長年の私の持論だ。もっといえば「お金」全般に、人類はまだうまく適応できていない。
 
 通貨の起源がいつかは諸説あるが、せいぜい数千年単位の歴史しかない。サルからヒトへ進化する過程で我々が身につけた能力は、投資や銭勘定をうまく乗り切るためには、あまり役に立たないどころか、時には邪魔にさえなる。
 
 損失の痛みを過大に感じることはその代表例。行動経済学によると、「損失は利益の2倍痛い」とされる。「損するのが怖いから」は投資を敬遠する人からよく聞くセリフだ。
 
 本能的な感情の揺れをおさえて、冷徹な計算に裏付けられたリスク管理に徹する。これはマーケットで生き残る最低条件だが、いずれも生物としての人間が苦手とするところで、後天的に学ぶしかない。なお、一流の投資家は、これらに加えてプラスアルファの何か、他者と差をつけるエッジ(強み)を持っている。
 
 この連載は、主人公の財前が持ち前の負けず嫌いをエネルギーに投資の道をどう歩んでいくのか、その成長と歩調をあわせて進めていきたい。
 
『インベスターZ』はロンドン駐在時代の2017年頃にKindleで通読している。はずなのだが、このコラムの企画を持ち掛けられた際、数話分を再読してみたら、「年の功」ですっかり中身を忘れているのに気付いた。これ幸いと再読をストップ。毎回、連載マンガの最新話を読んだ感覚でコラムを書くことにした。
 
 読者の皆さんも、財前と筆者の「投資の旅」に並走してもらえれば幸いだ。