「正確な数字は、正確に伝わらない」。スタンフォード経営大学院教授のチップ・ヒース氏はそう言います。
「ただの数字」を「感情を動かす数字表現」に変える文章術をbefore→after形式で100以上伝授する新刊『数字の翻訳』から、「正確な数字」よりも「丸めた数字」の方が記憶に残りやすくなるという例を紹介します。(構成・写真/今野良介)
数字に強い人は「おおよその数」に立ち返る
小学生だった頃を思い出してほしい。算数に慣れてきたころ、私たちは、四捨五入や切り上げ・切り捨てによって「数字を丸めること」を学んだ。
なのに、大人になって電卓やスプレッドシートを使うようになると、数字を丸めることなんか頭からすっかり抜け落ちてしまう。
物理学者やエンジニア、医師など、数字を日常的に扱う人たちは、つねに「おおよその数」に立ち返る。そうした仕事では複雑な数字を単純な数字に変換することが多いのだ。そうすれば問題を把握しやすくなるし、それをたたき台にして議論しやすくなるからだ。
正確な数字が求められる時や場合もあるが、一般的なプロジェクトでは正確さより適切な概算が役に立つことのほうがずっと多い。
マイクロソフトのパースペクティブエンジン・チームが、この「数字を丸めること」の効果を実験して調べた。ニューヨークタイムズの記事の一部を使い、一部の被験者には元の記事を、残りの被験者には記事中の数字を「おおよその数字」に変えたものを読んでもらった。
次の2つの例は実験で使われた文章の抜粋で、どちらもニューヨークの邸宅美術館「フリック・コレクション」の物議を醸した拡張計画を説明している。
フリックが増築を予定している3725㎡のうち、展示室に充てられる面積はわずか371㎡。この界隈に立ち並ぶ、ロシア新興財閥の邸宅のワインセラーほどの広さだ。
フリックが増築を予定している3700㎡のうち、展示室に充てられる面積はわずか370㎡。この界隈に立ち並ぶ、ロシア新興財閥の邸宅のワインセラーほどの広さだ。
被験者はこうした文章をいくつか読んでから、読んだ数字を思い出し、それを使って展示面積が増築部分に占める割合の計算を行った。
数字を正しく思い出すことができた被験者は、「正確版」では5人に2人、「おおよそ版」では5人に3人だった。
計算の正答率は、やはりおおよそ版を読んだ被験者が、正確だがわかりにくいバージョンを読んだ被験者を上回った。
こうした実験を1000人の被験者を対象に6つの分野の文章を使って行ったところ、一貫した結果が出た。
「おおよそ版」のほうが「正確版」に比べて思い出す確率が高く、計算ミスが少なかったのだ。
いくら正確な数字があっても、それを処理するようにできていない脳に送り込んだら、かえって逆効果になる。
正確さを重視するなら、丸めた数字を使おう。そのほうがより正確に思い出してもらえる。
『数字の翻訳』では、このような「ただの数字」を「伝わりやすくて感情を動かす数字」に言い換える法を、100以上の具体例で伝えていく。
(了)
※本記事は書籍『数字の翻訳』の一部を元に編集しています。