ホームページ開設、情報の真偽を解説
過去にもあった災害の政治利用
ハリケーンの被災を巡っては、SNSには、さまざまな偽情報が飛び交っている。
「政府による支援は750ドルが上限で、それしかもらえない(実際には750ドルは初期段階の支援であり、状況に応じて追加の支援が受けられる)」
「政府からの支援を返済できなければ、家や土地を接収される(実際には返済不要の支援が多い)」
「家屋に被害がなければ支援は得られない(実際には得られる支援もある)」
といったうそや誤解した内容の情報だ。
さらには、「共和党支持者が多い地域を被災させ、大統領選挙の投票に行けないようにするために、政府が気候を操作してハリケーンを誘導した」「リチウム鉱床を手に入れるために、復興を理由に街を更地に戻し、住民から土地を接収する計画がある」といった陰謀論も広がっている。
こうした状況を受けて、被災地の復興を担う連邦緊急事態管理局(FEMA)は、同局のホームページに復興支援に関する情報の真偽を解説する特設ページを設ける異例の措置に出た。
支援額の上限に関する誤解や資産接収への恐怖などから、被災者が支援の申請に消極的になりかねないだけでなく、陰謀論によって政府への反感があおられているために、救済活動に当たる職員が危険にさらされるリスクがあるからだ。
実際に、SNSにはFEMAに抵抗するよう呼び掛けるものもあり、ノースカロライナ州では、FEMA職員の襲撃を示唆したとして、ライフルで武装した男性が地元の警察に逮捕されている。
こうした偽情報の氾濫に、トランプ陣営が大統領選挙を有利な状況にしようという政治的な思惑で加担していることは間違いない。
実際、過去の大統領選や議会選挙でも災害対応が情勢を大きく作用したことはある。現職政権の関係者にとって自然災害は鬼門であることは確かだ。
2005年に来襲したハリケーン・カトリーナへの対応への批判が当時のジョージ・W・ブッシュ政権に集まり、翌年の議会選挙でブッシュ氏が属する共和党が大敗する一因となった。まして主要な被災地のノースカロライナ州は、大統領選挙の行方を決める激戦州の一つだ。トランプ陣営がこの機会を利用しようとするのも無理はない。
一方のハリス氏の陣営も、トランプ氏が大統領だった際に、カリフォルニア州での山火事に関し、民主党支持者の多い州であることを理由に復興予算を渋った事例を掘り返して反撃している。
だが今回のハリケーン被災に関してトランプ陣営が流した情報は明らかに事実をゆがめたものだ。FEMAは不法移民に一時的な住宅を提供するために予算を使っているが、これは復興支援とは別枠で運営されている。また、「バイデン政権は被災地の自治体と連絡を取っていない」というトランプ氏の批判も、当の自治体から否定され反論されている。
限りなく軽くなる「事実」の重み
関心を持たせるため「作り話」優先
災害を政治に利用すること以上に問題なのは、「事実」を軽視する風潮だ。特にトランプ氏の周辺には、その情報が「事実」かどうかよりも、注目すべき論点が浮き彫りになっているかが重要だとする論調がある。
その好例が、人工知能(AI)で作られた偽画像への対応だ。SNSには、トランプ氏が水に漬かりながら被災地を歩いている偽画像のほかにも、犬を抱きしめながら救助用ボートで涙を流す少女の偽画像が流布している。
特に後者は、バイデン政権の対応が不十分であることの証拠として共和党関係者にも利用されているが、これが偽画像であることを問われたジョージア州の共和党関係者は、「被災地にはこの画像より過酷な状況に置かれている人々がいる」として、「画像の出自は知らないし、興味もない」と開き直っている。
こうした論法は、共和党の副大統領候補であるJ・D・バンス上院議員にも共通する。「オハイオ州で不法移民が犬や猫などのペットを食べている」とするトランプ氏の発言に対して問われたバンス氏は、「メディアに米国民の苦境への関心を持たせるためならば、自分でも作り話をする」と語った。
AIによる巧妙な偽画像が流布し事実の見極めがつかなくなる懸念はもはや後ろに置かれ、事実であるかどうかすら気にしない論法がまかり通る。米国社会では事実の重要性が想定以上に希薄になっていく気配が感じられる。
背景に専門家への信頼低下
コロナ禍や気候変動に有効策打ち出せず
こうした偽情報や陰謀論の広がりが、専門家に対する信頼の低下と同時に進んでいることも見逃せない。本来なら、偽情報や陰謀論を打ち消す助けとなるはずの専門家による判断は、かつてほどの重みを持たなくなっている。
例えば今回のハリケーン被災では気象予報士が標的になっている。「気候操作などの政府による工作を隠蔽している」といった批判がSNSに流れ、なかには、身の危険を感じるような脅迫を受けた予報士までいるようだ。
専門家への評価が大きく変わる節目となったのが、新型コロナウイルスの感染拡大だ。コロナ禍では、ウイルスの起源をはじめ、マスクやワクチンの有効性などでさまざまな見解が飛び交った。外出や営業の禁止などが長く続いた不満もあって、有効な対応策を示せなかった専門家への風当たりは強いものとなった。ピュー・リサーチセンターの世論調査では、医療の専門家や科学者を信頼すると答える割合が、18年から23年にかけて約10%ポイント低下している。
23年にピュー・リサーチセンターが行った世論調査では、気候問題に関する専門家についても、「気候変動への最適の対応策を理解していない」とする回答が約半数に達し、16年から約10%ポイント上昇している。
10月に行われた副大統領候補の公開討論会でバンス氏は、エコノミストがトランプ氏の経済政策を批判している点を問われたのに対し、「(エコノミストは)博士号は持っているかもしれないが、常識と知恵はない」と一刀両断にした。
エリート批判と重ね合わせながら、専門家への信頼の低下を巧みに利用するのが、トランプ流であり、今回の大統領選における共和党の戦略になっている。
信頼すべき存在の欠如、助長の悪循環
大統領選後への“不吉な前兆”!?
米国の歴史で偽情報や陰謀論の流布は珍しくない。01年の米国中枢同時多発テロの際には政府の関与を疑う陰謀論があり、ハリケーン・カトリーナの上陸の際には「被災地で銃撃戦が発生し、救助のヘリコプターが標的になった」といった偽情報が流れた。
古くは1800年の大統領選挙で第3代の大統領となったトーマス・ジェファーソン氏に対し、欧州の秘密結社と関係があり、当選した暁には米国をフランスに委譲する計画がある、とする陰謀論がささやかれたこともある。
偽情報や陰謀論が広がりやすいのは、大きな自然災害があったり、社会や経済が大きな変化に直面したりする時期だ。人々にとって説明できない事態は不安の種であり、何らかの解説にすがりたくなる。ハリケーンによる災害や新型コロナはその典型であり、1800年の選挙は独立から間もない混乱期に行われている。
信頼すべき存在の欠如も、偽情報や陰謀論を助長させる要因だ。現在の米国では、専門家に限らず、多方面で信頼の低下が進んでいる。24年6月にギャラップ社が行った世論調査では、大統領や議会、メディア、高等教育機関など、17の主要な米国の機関について、「大いに信頼する」とする回答の平均が28%を記録した。1990年代の調査では同様の回答の平均は40%前後で推移しており、信頼の低下は明白だ。
偽情報や陰謀論の広がりは、社会不安を増幅させる懸念がある。政府による対策に国民が抵抗するようになれば、政策の効力が損なわれ、さらに政府に対する信頼が低下する悪循環に陥りかねない。ハリケーンでの支援拒否が典型であり、コロナ禍では政府への信頼が低い層でワクチンの接種が進まなかった。
ハリケーンの復興支援を指揮するFEMAのディアン・クリスウェル長官は、今回の偽情報の氾濫を「間違いなくこれまでで最悪だ」と語る。一時は偽情報の排除に乗り出していた大手プラットフォームだが、X(旧ツイッター)のイーロン・マスク氏がトランプ氏支持を鮮明にし自ら偽情報を拡散するなど、様相が変わってきた。
本コラム(『米「平和的な政権交代」予想は半数、ハリス氏急伸で懸念される“もう1つのトランプリスク”』2024年8月31日付)で、トランプ氏が敗北した場合でも大統領選結果を認めない可能性があることを指摘したが、投開票が迫るなかでの偽情報や陰謀論の広がりは、何とも不吉な前兆だ。
(みずほリサーチ&テクノロジーズ 調査部長 安井明彦)



