「安価な米国製EV」の夢、はかなく散るのかピーター・ローリンソン氏率いるルーシッドは、9万ドル(約1400万円)の新型電動SUVの受注を開始している
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 米国のドライバーに2万5000ドル(約390万円)の電気自動車(EV)を提供するという夢がピンチに陥っている。

 米実業家イーロン・マスク氏はこれを断念した。ドナルド・トランプ次期米大統領が支援する見込みはなさそうだ。さらに、米自動車業界が置かれた経済状況もその夢を後押しするものではない。

 カギとなる問題は何か。米国では安価な新車をもはや販売していないことだ。

 最近の新車平均価格の半分程度の価格帯で、高価な技術を詰め込んだEVを提供できる自動車メーカーがどこにあるだろうか。

「2万5000ドルの通常モデルを用意するのは無意味だ」。マスク氏は数週間前にこう述べた。「そんなことはばかげている」

 確かにそうだ。マスク氏によると、同氏が率いるEV大手テスラは2026年に登場予定の2万5000ドルのロボタクシーの開発には依然として取り組んでいるという。だが、同氏の思い描く自動運転車がその時までに実現するとは考えていない人々、あるいはハンドルやペダルを残した2万5000ドルの新型EVなら買いたい人々にとっては何の希望にもならない。

 米国向けの低価格EVの製造に否定的な見方をするのはマスク氏だけではない。

「(低価格EVの)市場は最悪だ」。新興EVメーカー、ルーシッド・グループのピーター・ローリンソン最高経営責任者(CEO)は、筆者と同僚のクリストファー・ミムズが新たに配信し始めたポッドキャストの番組「Bold Names(ボールド・ネームズ)」でこう語った。

 ルーシッドは近く登場する新型SUV(スポーツ用多目的車)「Gravity(グラビティ)」の9万ドルのバージョンの受注を開始しており、2026年秋にはテスラのクロスオーバーSUV「モデルY」と競合する、より手頃な中型車を発売したい考えだ。この車種は5万ドル未満に価格を抑えると言われている。だが低価格EVについて、ローリンソン氏は自社の技術を他社にライセンス供与する形でなければ肩入れしないと述べた。

「量産体制に入ると、恐ろしく利益率が低下するということで悪名高い市場だ」。ローリンソン氏は低価格EVについてこう述べた。「数百万台規模の生産基盤を整えることが理にかなうとは思えない」

 2万5000ドルの車を製造する構想を諦めることは、自動車の電動化がほぼ一夜にして成し遂げられ、あらゆる所得層向けのEVが路上を走る何千万台もの車両に取って代わると見込んでいた人々には痛手となる。