【自動車王国メキシコ】地理で読み解く「すごすぎる生産体制」とは?
「経済とは、土地と資源の奪い合いである」
ロシアによるウクライナ侵攻、台湾有事、そしてトランプ大統領再選。激動する世界情勢を生き抜くヒントは「地理」にあります。地理とは、地形や気候といった自然環境を学ぶだけの学問ではありません。農業や工業、貿易、流通、人口、宗教、言語にいたるまで、現代世界の「ありとあらゆる分野」を学ぶ学問なのです。
本連載は、「地理」というレンズを通して、世界の「今」と「未来」を解説するものです。経済ニュースや国際情勢の理解が深まり、現代社会を読み解く基礎教養も身につきます。著者は代々木ゼミナールの地理講師の宮路秀作氏。「東大地理」「共通テスト地理探究」など、代ゼミで開講されるすべての地理講座を担当する「代ゼミの地理の顔」。近刊『経済は地理から学べ!【全面改訂版】』の著者でもある。

【自動車王国メキシコ】地理で読み解く「すごすぎる生産体制」とは?Photo: Adobe Stock

あなたはまだ「本当のメキシコ」を知らない!

 メキシコの自動車産業は、「お金持ちがたくさん住んでいる」アメリカ合衆国に向けた自動車の生産拠点として、1980年頃より活発になります。1994年になるとNAFTA(北米自由貿易協定)が発効。日本やアメリカ合衆国の自動車企業の進出が増加し、生産台数が増加しました。

 2020年は、コロナ禍で生産台数は304万178台と前年よりも減少しましたが、268万1806台を輸出。生産台数に対する輸出割合は88.2%です。

メキシコが生産拠点に選ばれる「3つの理由」

 では、なぜメキシコへの海外自動車企業の進出が進んだのでしょうか? 理由は3つあります。

 まず1つ目に、日本やアメリカ合衆国、ドイツと比べて、メキシコの賃金水準が低いことがあります。さらに人口が1億2974万人(2023年)と多く、安価で豊富な労働力が存在することは、生産拠点を設置するさいに重要です。またメキシコの賃金水準は、この25年間ほぼ横ばいで推移しています。これは、メキシコではアメリカ合衆国ほど労働組合が強くないので、賃金上昇の抑制が働くためです。

 2つ目に、アメリカ合衆国に対する物理距離が小さく、また地続きであるという、地理的有利性を持っていることです。カナダと異なり、南北アメリカ大陸の中央部に位置していることから、アメリカ合衆国だけでなく中南米諸国への輸出も容易です。

 さらに太平洋にも大西洋(正確にはメキシコ湾)にも面していることから、アジア市場やヨーロッパ市場へのアクセスも容易です。太平洋側のラサロカルデナス港と、大西洋側のベラクルス港は自動車輸出基地として知られています。このような地理的条件も有利に働いています。

 3つ目に、メキシコはEUを含む46カ国と、14の自由貿易協定(FTA)を締結していることがあげられます(2024年時点)。

 メキシコは、1982年の債務危機をきっかけに市場開放を進め、現在は世界中の自動車市場にアクセスすることが可能になっています。日系企業としては、「日本で作ってアメリカ合衆国に輸出する」と関税がかかりますが、「メキシコで作ってアメリカ合衆国に輸出する」と関税がかかりません。このことからも、メキシコの自動車輸出が盛んなことがわかります。

 しかし、輸出割合が高いということは、今後の生産台数の増加を支えるだけの社会資本整備の拡充が欠かせません。

 また、中国、インド、ブラジルの台頭で、アジア市場や南米市場への優位性を失う可能性もあります。アメリカ合衆国市場への依存型では、いずれ限界がくるでしょう。

 メキシコの自動車産業の成長のカギは、国内市場です。今後、メキシコ国内の自動車購買層が拡大すれば、人口大国だけに魅力的な市場へと成長する可能性を秘めています。また、高級車市場への参入も今後の成長にとっては重要な要因の1つとなりそうですね。

(本原稿は『経済は地理から学べ!【全面改訂版】』を一部抜粋・編集したものです)