【トランプ大統領の狙い】「TPPは災いだ」から始まった“アメリカファースト”の終着点とは?
「経済とは、土地と資源の奪い合いである」
ロシアによるウクライナ侵攻、台湾有事、そしてトランプ大統領再選。激動する世界情勢を生き抜くヒントは「地理」にあります。地理とは、地形や気候といった自然環境を学ぶだけの学問ではありません。農業や工業、貿易、流通、人口、宗教、言語にいたるまで、現代世界の「ありとあらゆる分野」を学ぶ学問なのです。
本連載は、「地理」というレンズを通して、世界の「今」と「未来」を解説するものです。経済ニュースや国際情勢の理解が深まり、現代社会を読み解く基礎教養も身につきます。著者は代々木ゼミナールの地理講師の宮路秀作氏。「東大地理」「共通テスト地理探究」など、代ゼミで開講されるすべての地理講座を担当する「代ゼミの地理の顔」。近刊『経済は地理から学べ!【全面改訂版】』の著者でもある。

【トランプ大統領の狙い】「TPPは災いだ」から始まった“アメリカファースト”の終着点とは?Photo: Adobe Stock

トランプ大統領の「本当の狙い」とは?

 ドナルド・トランプが初めて大統領に就任した2017年当時、「環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)はアメリカ合衆国にとって大きな災いとなる」という発言が注目されました。そして実際にトランプ大統領は就任後、TPPからいち早く離脱します。

「アメリカファースト」の流れを整理する

 グローバルな貿易協定よりも二国間交渉や保護貿易を重視する姿勢は、その後の政策にも大きく反映されました。こうした「アメリカファースト」の流れは、北米自由貿易協定( NAFTA)の再交渉にも波及し、2020年7月1日にアメリカ・メキシコ・カナダ協定(USMCA)が発効されるに至ります。

 NAFTAとUSMCA、両協定の大きな違いは「原産地規則」の見直しです。

 自動車企業が自動車の無関税輸入をするさいの基準が大幅に厳格化されました。例えば、米国企業がメキシコで自動車を生産してアメリカ合衆国に輸入する場合、時給16米ドル( およそ1800円)以上の賃金労働者による生産比率を40~45%とすること、さらに「域内原産比率」をそれまでの62・5%から75%に大幅に引き上げることが定められたわけです。

「域内原産比率」は「[(物品の純費用)ー(非原産材料価額)]÷(物品の純費用)×100 」で算出し、特恵関税の適用を受ける条件として鉄鋼やアルミニウムの70%以上を域内で調達することも求められました。

 ここから「安価な労働者にばかり作らせず、給料の高い人にも作らせろ。そして、自動車の部品の75
%以上は北米地域で作られたものを使え」という意図が読み取れます。この方針はアメリカ国内の雇用を生み出す狙いがあるとされていますが、日本企業にとっては現地生産や雇用拡大への対応が避けられない事態でした。

【トランプ大統領の狙い】「TPPは災いだ」から始まった“アメリカファースト”の終着点とは?出典:『経済は地理から学べ!【全面改訂版】』

 トランプ大統領は保護貿易の推進や規制緩和、大規模な公共投資による雇用創出を掲げてきました。同じ共和党のロナルド・レーガン( 1911~2004年)が打ち出した「小さな政府」「自由貿易」路線とは一線を画し、むしろ大きな政府と保護貿易をとる姿勢が特徴とされています。こうした政策の背景には、製造業の空洞化で苦境にあえいでいるラストベルトの白人労働者層からの熱い支持を獲得する狙いがあったといわれています。

 実際、NAFTAによってメキシコに工場を移転する企業が増えた結果、アメリカ国内の雇用が失われたという批判も根強かったわけです。

「強いアメリカ」を実現するために

 2025年4月時点、トランプ大統領は2期目の任期に入り、これが自身にとって最後の大統領任期となります。2017年にTPPを離脱し、2020年にはUSMCAを発効させた実績を誇示しながら、さらなる北米地域の保護主義強化やインフラ投資の拡充を進めていると考えられています。

 一方で、トランプ大統領はグリーンランドの購入意欲を示したり、カナダを「51番目の州にすべきだ」といった発言を行ったりしており、ここでも「アメリカファースト」を強く打ち出しています。北極海ルートの活用やカナダやグリーンランドに眠る資源を確保したいという狙いがあるのではないかと推測されますが、対外的には物議をかもす発言が相次いでいます。

 そもそもトランプ大統領がTPPを「大きな災い」とみなして離脱した背景には、自由貿易協定によって多国籍企業の利益は増えても、アメリカ合衆国の中間層以下の労働者が恩恵を受けられないという危機感があったとされています。

 NAFTAの再交渉を通じてUSMCAを成立させ、国内賃金や製造業を保護する規定を強化したのは、そうした主張を実際の政策に反映した結果です。

 加えて、膨大な国防費や対外援助を「世界の警察」として消費してきた歴史を改め、その分を国内に振り向けることで、国民が「強いアメリカ」を実感できるようにするのがトランプ大統領の基本方針です。

(本原稿は『経済は地理から学べ!【全面改訂版】』を一部抜粋・編集したものです)