統計学の解説書ながら42万部超えの異例のロングセラーとなっている『統計学が最強の学問である』。そのメッセージと知見の重要性は、統計学に支えられるAIが広く使われるようになった今、さらに増しています。そしてこのたび、ついに同書をベースにした『マンガ 統計学が最強の学問である』が発売されました。
第10回では、著者の西内氏が経験した、DMの送り方の工夫で利益が大きくアップした事例を紹介します。(本記事は2013年に発行された『統計学が最強の学問である』を一部改変し公開しています。)

買ってくれる人、買ってくれない人の違いは何か?
世の中には、なぜかよくわからないが自社の商品を買ってくれる人とそうでない人がいる。この「なぜかよくわからないが」という違いが明らかになれば、その差をうまくコントロールすることで買ってくれる人を増やすこともできるはずだ。
これまで思いもしなかった「その差をうまくコントロールする方法」のことをここでは「裏ワザ」と表現する。
たとえば特定の広告を目にしたかどうか、というだけの差で自社商品の購買率が何十パーセントも違うというのであれば、その広告をより大々的に投下することで大きな売上の増加が見込まれるかもしれない。
友人に紹介された経験があるかどうか、という差が大きな影響を与えるのであれば、既存顧客に対して友達紹介キャンペーンを展開してみればいい。
こうしたことは、ビジネスに関わっているほとんどの人が日常的に考えている。ただし多くの場合、その着目すべき「差異」はデータや統計解析ではなく「経験と勘」といったものに基づく。「俺の経験によると、ほとんどの顧客は最初友達からの紹介で来店するんだ」といった具合に「違い」を判断し、経営戦略に活かすのである。
「あるある」は当てにならない
だが、経験はしばしば間違う。たとえば次のような「マーフィの法則」を聞いて、多くの人は「あるある」と思うかもしれない。
・にわか雨が降っているときに外出先で傘を買うと、たいていその直後に晴れる。
・トーストを落とすと、いつもバターを塗った側が地面につく。
・たまたま遅刻しそうなときに限って、いつも電車が遅れる。
だがじつは、こうした「あるある」の多くが、「記憶の偏り」によって左右されているものだということは、心理学者あるいは認知科学者たちによってすでに実証されている。少し考えてみればわかるはずだ。人間はこれまでの人生で何十回以上も経験した、にわか雨がふって傘を買ったという経験のうち、「何事もなく傘をさして帰宅した記憶」と「その直後に晴れて舌打ちした記憶」のどちらをその後より強く思い出すだろうか?
この傘やトーストの事例と同様に、あなたのビジネス上の成功法則も、ほんの数例程度の偏った成功体験を過剰に一般化したものとは言えないだろうか? 人間誰しも一度先入観を持つと、すべてのことを都合よく解釈してしまうという認知的な性質を持っているのである。
こうした人間の欠陥を統計学は補うことができる。経験と勘だけでは、こうした利益を左右しうる差異について「わかった」のか「わかった気になっている」のかの区別がつけられないが、きちんとデータを比較すればその違いは明らかなのだ。
DMの送り方を変えるだけで売上が60億円アップする
たとえば以前、私が関わった小売企業において、データを分析した結果、最も大きな購買の差を生んでいたのは「DMを送られていたかどうか」だった(図表13)。

ちなみに今後、本書では、私が実際に経験した事例についてもお話していこうと思う。ただし守秘義務の関係で、企業名や業種、売上の数字などについては統計学に関する理解のうえでは問題のない「架空のもの」となることをご理解いただきたい。
このクライアントは、1000万人以上の顧客が平均して年間数千円ほど購買し、会社全体の年間売上にすると1000億円以上、といった規模の企業である。
彼らは会員登録された100万人分の顧客の属性や購買履歴などのデータをサービス改善のために利用していた。また、年間4回にわたり、延べ30万通のプレゼントキャンペーン付きのDMを会員の一部へ無作為に送っていた(この送付履歴データも利用していた)。DMの費用は1通100円であり、したがって年間では3000万円ほどのコストとなる。
解析に用いた延べ2万人分のランダムサンプルについて3か月単位の期間に区切って分析すると、1500人(2万人の7.5%)が過去3か月にDM送付あり、1万8500人(2万人の92.5%。繰り返すがこの数値は架空のものであり、必ずしも実際の結果はここまでキリのよい数字ではない)がDM送付なしということになった。そしてDMが送付されていた群においては解析期間中の平均購買額が2300円であり、一方DMが送付されていなかった群においては平均購買額が1800円だった、というのが先ほどのグラフで示した結果である。
この結果から示唆されるのは、DMを送りさえすれば3か月あたり500円分の売上増加が見込まれるのではないかという可能性である。DMの送付有無がこれだけの売上の違いに影響するのだと仮定すれば、DM未送付群全員にDMを送ることでこのグループの平均的な購買額が1800円から2300円に増加することが期待されるのだ。
ちなみに、現時点で解析に用いた延べ2万人分の3か月あたりの売上は、
2300円×1500人+1800円×18500人=3675万円
である。すなわち、年間売上額で言えばこの4倍となる1億4700万円がこのサンプル集団からの売上ということになるだろう。
だが仮に、この集団の全員にDMが送付されていたとするとどうなるだろうか?
2300円×2万人=4600万円
追加でかかる18500人分のDM代(1通100円)を差し引いたとしても4415万円となり、その4倍ということになれば年間で1億7660万円となる。つまり、DMを積極的に送る、というやり方をとっただけで、DMのコストを差し引いても売上は約1.2倍にもなる可能性がデータから示唆されたのだ。
もしこれを連絡先の登録された会員全員に広げたとすれば、と考えてみよう。仮に全売上のおよそ1割を占めている100万人の会員の売上が、全員にDMを送りつける、といった単純な方法で1.2倍になるとすれば、会社全体の売上はほんの2%ほどだが増加する。そう、1000億円の売上のほんの2%だから、これはほんの20億円ほど売上が増えるやり方ということである。
なお私が実際に制作したクライアント企業提出用レポートでは、単純に「DMを増やせば売上があがる」といったものではなく、さらに踏み込んで「DMを送られることで売上が伸びる顧客と伸びない顧客の違い」、あるいは「顧客の売上を伸ばすDMと伸ばさないDMの違い」とその判別ルールを明らかにした。
そのルールに従ってDMを送り分けることで、DM送付数自体はほとんど変えなくとも総売上に6%ほどの増加を見込めるというものであり、先ほどの言い方を用いれば「ほんの60億円ほど儲かるレポート」ということになるかもしれない。
これまでにもすでに、DMを送ったら売上が伸びるといった経験知はクライアント企業の中にあり、また「DMを送付することで反応のいい顧客の特徴」についても、確かに言われてみれば、という結果だった。
だが、実際のデータを使い、網羅的な比較を行なうことで「何となくわかっていたこと」は具体的な利益に繋がる数字とともに裏付けられ、「今一番何をすべきだろうか」という戦略目標が明らかになるのである。
ただし、これが統計学の力かというとそうではない。もちろんこうした要因比較のための集計(専門用語ではクロス集計と呼ぶ)も統計学上重要なツールであるが、これだけではまだただの皮算用にすぎない。
ではどうすれば皮算用から脱して意味ある差異を明らかにできるのだろうか?