ダーウィンの『種の起源』は「地動説」と並び人類に知的革命を起こした名著である。しかし、かなり読みにくいため、読み通せる人は数少ない。短時間で読めて、現在からみて正しい・正しくないがわかり、最新の進化学の知見も楽しく解説しながら、読者の「頭の中」に、実際に『種の起源』を読んだ後と同じような記憶が残る画期的な本『『種の起源』を読んだふりができる本』が発刊される。
長谷川眞理子氏(人類学者)「ダーウィンの慧眼も限界もよくわかる、出色の『種の起源』解説本。これさえ読めば、100年以上も前の古典自体を読む必要はないかも」、吉川浩満氏(『理不尽な進化』著者)「読んだふりができるだけではありません。実物に挑戦しないではいられなくなります。真面目な読者も必読の驚異の一冊」、中江有里氏(俳優)「不真面目なタイトルに油断してはいけません。『種の起源』をかみ砕いてくれる、めちゃ優秀な家庭教師みたいな本です」と各氏から絶賛されたその内容の一部を紹介します。

キリンの首とゾウの鼻
キリンの首はなぜ長いのか。そんなことを訊かれれば、多くの人は、何をいまさらといった顔で、こう答えるだろう。それは高いところの葉を食べるためだよと。
おそらくその答えは正しいのだけれど、でも答えはそれだけだろうか。
別の質問として、ゾウの鼻はなぜ長いのか、というものもある。その答えはいくつか考えられるが、そのなかにはキリンの首が長い理由と共通のものもあるかもしれない。
なぜなら、体の大きい動物には、長い部分(キリンの首やゾウの鼻)が付いていることが多いからだ。
恐竜の首と尾が長い理由
たとえば恐竜だ。恐竜には体の大きいものが多いけれど、なかでもずば抜けて巨大なグループは、首の長い竜脚類の仲間だ。ディプロドクスやブラキオサウルスが有名だが、アルゼンチノサウルスのように全長が30~35メートル、体重が65~80トン以上(ある推定では96トン)という桁外れに巨大なものもいた。
竜脚類は長い首と尾を発達させるとともに体を巨大化させていったようだ。大きい動物に長い部分が付いていることが多い理由は、省エネ対策だと考えられる。
大きい動物は多くの食料を食べる必要がある。たとえば、いろいろなところに生えているたくさんの葉や草を食べなくてはならない。しかし、そのたびに体全体を移動させていては、エネルギーの無駄である。できれば体全体を動かすのではなく、体の一部だけを長くして、そこだけを動かして葉や草を食べたい。そのために長い首や長い鼻は役に立つに違いない。
ところで、最近の竜脚類の復元図を見ると、首を高く上げている姿勢に加えて、首を水平に伸ばしている姿勢も見られるようになってきた。
これは、キリンのように首を高く上げた姿勢だと、竜脚類の頭はキリンよりはるかに高くなるので、ありえないほど巨大な心臓でなければ、脳に血液を送ることができない、という意見を反映したものである。
この意見には反論もあるけれど、たしかに首を上げずに水平に伸ばしただけでも、多くの食料を得ることができるはずだ。低木の生えた乾燥した地域に竜脚類が暮らしていたとすれば、長い首を左右に振ることによって、大きい体を動かすことなく広い範囲の食料を食べることができるからだ。
そのうえ、もし首を高く上げることもできれば、地面の草から高い木の上の葉まで、さらに広い範囲の食料を得ることができただろう。
キリンの場合は、竜脚類ほど自由に首は動かせないものの、首を左右に振ったりして木の葉を食べれば、体の動きを節約することはできるはずだ。
もちろん体を大きくできる理由は、一つではないだろう。たとえば、竜脚類が桁違いに巨大化できたのは、いくつかの理由が重なったからかもしれない。つまり、首が長いことの他にも理由があったからと考えられる。
恐竜の肺は効率が良い
その一つは、効率のよい呼吸システムだ。哺乳類の肺は空気の入口と出口が一緒なので、酸素の多い吸う息と二酸化炭素の多い吐く息が混ざってしまい、効率が悪い。しかし、恐竜の肺は空気の入口と出口が別々なので、吸う息と吐く息が混ざらなくて、はるかに効率がよいのである。
また、シロナガスクジラのように、オキアミのような小さいけれど大量に存在するエサを食べる場合は、長い首がなくても大きな口があれば、体を大きくすることができるのかもしれない。クジラの場合は、浮力が体を支えてくれる水中に棲んでいることも関係しているだろう。
体を巨大化させる理由はいくつかあると考えられるが、そのなかの一つは長い首や長い鼻などの長い部分を持つことだろう。そういう目でキリンの首やゾウの鼻を見れば、少しだけ世界が広がるかもしれない。
(本原稿は、『種の起源を読んだふりができる本』の著者による書き下ろしです)
1961年、東京都生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒業。民間企業を経て大学に戻り、東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。専門は分子古生物学。武蔵野美術大学教授。『化石の分子生物学 生命進化の謎を解く』(講談社現代新書)で、第29回講談社科学出版賞を受賞。著書に、『爆発的進化論』(新潮新書)、『絶滅の人類史―なぜ「私たち」が生き延びたのか』(NHK出版新書)、『若い読者に贈る美しい生物学講義』(ダイヤモンド社)などがある。