分子古生物学者である著者が、身近な話題も盛り込んだ講義スタイルで、生物学の最新の知見を親切に、ユーモアたっぷりに、ロマンティックに語るロングセラー『若い読者に贈る美しい生物学講義』。養老孟司氏「面白くてためになる。生物学に興味がある人はまず本書を読んだほうがいいと思います。」、竹内薫氏「めっちゃ面白い! こんな本を高校生の頃に読みたかった!!」、山口周氏「変化の時代、“生き残りの秘訣”は生物から学びましょう。」、佐藤優氏「人間について深く知るための必読書。」、ヤンデル先生(@Dr_yandel)「『若い読者に贈る美しい生物学講義』は読む前と読んだあとでぜんぜん印象が違う。印象は「子ども電話相談室が好きな大人が読む本」。科学の子から大人になった人向け! 相談員がどんどん突っ走っていく感じがほほえましい。『こわいもの知らずの病理学講義』が好きな人にもおすすめ。」、長谷川眞理子氏「高校までの生物の授業がつまらなかった大人たちも、今、つまらないと思っている生徒たちも、本書を読めば生命の美しさに感動し、もっと知りたいと思うと、私は確信する。」(朝日新聞書評)と各氏から評価されている。今回は書き下ろし原稿を特別にお届けする。
恐竜が人を魅了する理由
昔も今も、恐竜はとても人気がある。
私が子どものころは、恐竜は動くのが遅くて愚かな動物だと言われていた。
しかし、最近は、身体能力の優れた賢い動物というイメージに変わってきた。ところが、イメージが変化する前も、変化した後も、恐竜の人気は高いままである。
どうやら恐竜には、イメージとは関係なしに、人を引き付ける魅力があるらしい。その理由の一つは、恐竜が大きいからではないだろうか。
もちろん、恐竜の中には小さいものもいる。
ティラノサウルスの体重は…
ジュラ紀のヨーロッパに生息していた肉食恐竜コンプソグナトゥスは、体長が1メートルほどしかなく、長年にわたって最小の恐竜と言われてきた。
しかし、現在では、白亜紀の中国に生息していたミクロラプトルなど、さらに小さい恐竜も見つかっている。とはいえ、恐竜には大きいものが多いことは事実だし、とくに首の長い竜脚類の巨大さは桁外れだ。
たしかに、有名な肉食恐竜であるティラノサウルスや植物食のトリケラトプスやイグアノドンも大きな恐竜だ。だが、これらの恐竜の体重は5~10トンぐらいなので、陸上の哺乳類の中にも、これらに匹敵するものがいなかったわけではない。最大のゾウである松花江(しょうかこう)マンモスや最大のサイの仲間であるパラケラテリウムなどだ。
しかし、体重が50トン級の竜脚類になると、これに匹敵する陸生哺乳類はまったくいない。竜脚類だけがここまで桁外れに大きくなれたことには、何か特別な理由があるのだろうか。
恐竜が大きくなれた理由
ボン大学のマーティン・サンダーとその共同研究者は、竜脚類がここまで大きくなれた理由を生物学的に検討した(*)。そして、竜脚類が巨大になれた理由は、祖先から引き継いだ遺産と新しく発明した形質が、うまくかみ合ったからだと結論している。
祖先から引き継いだ遺産は、おもに3つある。
その一つ目は、効率のよい呼吸システムだ。哺乳類の肺は空気の入口と出口が一緒なので、酸素の多い吸う息と二酸化炭素の多い吐く息が混ざってしまい、効率が悪い。しかし、恐竜の肺は空気の入口と出口が別々なので、吸う息と吐く息が混ざらなくて、効率がよいのである。
遺産の二つ目は、基礎代謝率が高いことだ。恐竜は恒温性かそれに近いシステムを持っているので、基礎代謝率が高く、成長が速い。これは、巨大な竜脚類が速く成体になって、肉食恐竜に襲われなくなったり子どもを作ったりするために重要な特徴である。
遺産の三つ目は卵生であることだ。卵から小さな子がたくさん孵化することで、個体数が減ったときにも速やかに回復できるし、子育てにかかるエネルギーも節約できる。祖先から引き継いだこれらの遺産は、たしかに体を大きくするために役立つだろうが、とはいえこれらは他の恐竜も持っている特徴だ。
新しい発明
他の恐竜よりも体重で一桁重い竜脚類が進化するためには、これらの遺産の他に、さらに新しい発明が必要だった。
その新しい発明は、長い首と小さい頭だとサンダーらは言う。首が長ければ、地面の草から高い木の上の葉まで、また体の左側から右側まで、広い範囲のエサを食べることができる。
また、頭が小さいために、咀嚼することなくエサを飲み込むことになり、食事のスピードがアップする。消化は、巨大な胴体にある巨大な消化管に任せればよいということだろう。
つまり、竜脚類が体を巨大化させた最大の要因は、自由に動かせる長い首があることだ。たしかに、竜脚類の中で考えても、巨大なものは首が長い傾向があるので、サンダーの意見には説得力があるだろう。
(*)Sander et al. (2011) Biology of the sauropod dinosaurs: the evolution of gigantism. Biol. Rev. 86, 117-155.
(本原稿は『若い読者に贈る美しい生物学講義』の著者更科功氏による書き下ろし連載です。※隔月掲載予定)
更科 功(さらしな・いさお)
1961年、東京都生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒業。民間企業を経て大学に戻り、東京大学大学院理学系研究科修了。博士(理学)。専門は分子古生物学。武蔵野美術大学教授、東京大学大学院非常勤講師。『化石の分子生物学』(講談社現代新書)で、第29回講談社科学出版賞を受賞。著書に『宇宙からいかにヒトは生まれたか』『進化論はいかに進化したか』(ともに新潮選書)、『爆発的進化論』(新潮新書)、『絶滅の人類史』(NHK出版新書)、共訳書に『進化の教科書・第1~3巻』(講談社ブルーバックス)、6万部突破のロングセラー『
若い読者に贈る美しい生物学講義』(ダイヤモンド社)などがある。
くつろいで受けられる生物学講義――著者より
ある農家に怠け者の男がいた。男は働くのが面倒でたまらないので、自分の代わりに田畑で働いてくれるロボットを作った。
ところが、ひと月経つと、ロボットは壊れてしまった。仕方なく、男はまたロボットを作った。ところが、そのロボットも、ひと月経つと壊れてしまった。
そこで男は、新型のロボットを作った。新型のロボットは、田畑で働くだけでなく、ひと月経つと新しいロボットを作って、それから壊れた。だから、男は、一日中家で寝ていられた。
そんな折、男は作られるロボットが、少しずつ違うことに気がついた。
たとえば、性能が1のロボットが作ったロボットの性能は、1.1になることも0.9になることもあった。しかしロボットの性能が、急激に変化することはなかった。
そのうちに、たまたまロボットを2体作るロボットができてしまった。ところが、男の家には、ロボットを動かす燃料は1体分しかない。
ロボットは、毎日農作業が終わって家に戻ると、燃料タンクから自分で燃料を入れることになっていた。そのため、農作業が早く終わったロボットが、先に家に戻って燃料を入れてしまう。すると、もう1体のロボットは燃料を入れることができない。そのため、燃料切れになったロボットは、家の隅に転がったままになった。
そんなことが繰り返されていくうちに、ロボットの農作業はものすごく速くなった。生き残るのは、いつも性能が高いロボットだけだからだ。仮に、毎月性能が1.1倍になったとすれば、4年で、ほぼ100倍になる。ロボットは、急速に変化していき、もはや怠け者の男にはコントロールできないものになってしまった。
ついにロボットは、自分で燃料を採掘するようになり、とうとう地球を支配するにいたった。もはや人間の姿は、どこにも見当たらなかった。
以上の話は『若い読者に贈る美しい生物学講義』の中に書いた話(の一部)である。ロボットが2体ずつ作られて、そのうちの1体だけが生き残るなら、そのときの状況に適応している方が生き残ることになる。これは自然選択と呼ばれる現象で、ダーウィンが進化のメカニズムとして見つけたものだ。
この話では、自然選択が働き始めたときに、ロボットの急速な変化が始まった。それは、もう元には戻れないような、根本的な変化であった。この瞬間にロボットは生物になったのだと、私は思う。
これまでは、生物とはどういうものかを考えるときに、物質的な側面から考えることが多かった。たとえば、地球の生物の体のなかでは、いつも物質やエネルギーが流れている。この流れを代謝というが、これを生物の定義の一つとすることが多い。
しかし、宇宙にはどんな生物がいるかわからない。たとえば、ロボットの体の中には、いつも物質やエネルギーが流れているわけではない。スイッチを切って寝ていれば、物質もエネルギーも流れない。それでも、宇宙のどこかに、さっきの話のようなロボットがいたら、それは生物と言ってもよいかもしれない。地球の常識から言えば、金属でできたロボットは生物ではないけれど、それは宇宙の常識とは違うのではないだろうか。
もしも、宇宙全体で生物を定義できるものがあるかどうかわからないが、もしあるとすれば、それは「自然選択」だろう。どんな形をしていようが、どんな物質でできていようが、どんな振る舞いをしようが、とにかく自然選択によって作られたものが生物なのではないだろうか。生物は自然選択によって、周囲の環境に適するようになったものだ。つまり、その環境の中で、なかなか消滅しないようになったものだ。つまり、生き続けるようになったものなのだ。
だから、本来生物は、生きるために生きているのであって、生きる以上の目的はないのだろう。生きるために大切なことはあっても、生きるよりも大切なことはないのだろう。まあ、生きていれば、それだけで立派なものなのだ。
『若い読者に贈る美しい生物学講義』では、従来の生物の見方に収まらない話も盛り込んでみた。
内容を簡単に紹介すると、まず生物とは何かについて考える。その中で、科学とは何かについても考えていく。生物学も科学なので、その限界を理解しておくことが大切だからだ。それから実際の生物、たとえば動物や植物などの話をしてから、生物に共通する性質、たとえば進化や多様性について述べる。最後に身近な話題、たとえばがんやお酒を飲むとどうなるかについて話をする。「講義」という言葉が入っているが、くつろいで受けられる講義にしたつもりである。
楽しんでもらえると、よいのだけれど。
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きっと、どんなことにも美しさはある。そして美しさを見つけられれば、そのことに興味を持つようになり、その人が見る世界は前より美しくなるはずだ。きっと生物学だって、(もちろん他の分野だって)美しい学問だ。そして、この本は生物学の本だ。もしも、この本を読んでいるあいだだけでも(できれば読んだあとも)、生物学を美しいと思い、生物学に興味を持ち、そしてあなたの人生がほんの少しでも豊かになれば、それに勝る喜びはない。(本書の「おわりに」より)