会社を伸ばす社長、ダメにする社長、そのわずかな違いとは何か? 中小企業の経営者から厚い信頼を集める人気コンサルタント小宮一慶氏の最新刊[増補改訂版]経営書の教科書』(ダイヤモンド社)は、その30年の経験から「成功する経営者・リーダーになるための考え方と行動」についてまとめた経営論の集大成となる本です。本連載では同書から抜粋して、経営者としての実力を高めるための「正しい努力」や「正しい信念」とは何かについて、お伝えしていきます。

松下幸之助さん、稲盛和夫さんが最も大切にしていた考え方とは?Photo: Adobe Stock

「金儲け」だけでは長続きしない

「会社を何のために経営しているのか」、という目的をしっかり持つことの重要さを強調されたのが、松下幸之助さんや稲盛和夫さんでした。

 私も多くの経営者を見てきましたが、やはり「金儲け」だけでは長続きしないのです。

 会社経営の目的(ミッション)を明確にするとともに、それにより自社をどのようにしたいのか(ビジョン)、そして、そのための行動規範(ウェイ)が重要になります。

 いくら崇高な目的があっても、何をしてもいいということではありません。

 行動規範が重要になります。

 例えば、当社では

お客さま第一、お客さまが求心力
できない理由より、やる方法
一所懸命、全力投球、一歩踏み込む
規律の中の自由
個人プレイよりもチームプレイ(For the company)
素直で謙虚

などを行動規範としています。

 そして、大切なことは、会議や現場で仕事をする際に、目的、ビジョン、行動規範に合っているかを常にチェックすることです。そして、それらから外れる行為や言動がある場合には厳しく注意することがリーダーに求められます。

「お客さま第一」と言っていながら、大切なお客さまを「さん」づけしないなどはもってのほかです。

 その都度、うるさいくらいに注意しなければなりません。人はほうっておくと易きに流れるものです。

 経営者自身も同じです。たとえ自身が策定した目的、ビジョン、行動規範であっても、作った時点から社長自身をも規定するものです。

 ある会社の朝礼にたまたま参加したときに、社員のひとりが自社の目的や行動規範を全員の前で読みあげましたが、朝礼が終わった際に私の隣にいた社長が、「これは自分に言い聞かせているんですよ」とおっしゃったのが、とても印象的でした。この社長も一代で東証プライム上場企業を築き上げました。

ある女性社員が放った衝撃の一言

 私が、ここまで、ミッション、ビジョンや理念にこだわるのには理由があります。多くの会社を見てきて、様々な経験をさせていただいていますが、強烈な経験をすることがあったからです。

 私は30年近く前に、倒産直前の会社で研修をした経験があります。実際にその研修をして、半月後にその会社は倒産しました。その研修では、従業員の皆さんに一人ずつ、まず前に出てきてもらって話をしてもらいました。研修をした私も従業員さんたちも、会社は危ないことを十分に分かっていました。そのとき、ある若い女性社員が言った一言を、今でもよく覚えています。

 私はこの言葉を一生忘れないと思います。

社長のセルシオのために働いていると思うと、アホらしくて働けない

と言ったのです。

 従業員は、社長のセルシオのためには働いてはくれません。

 もっとも、会社が問題なく事業を行っているうちは、皆が皆すぐに独立できるわけでもないし、もっと良い会社に転職できるわけでもありませんから、嫌な会社でも、嫌な上司がいても、給料さえ払えば、ある程度までなら人はついてきてくれます。給料分くらいは働いてくれます。

 けれど、会社が傾き始めたとき――給料も満足に払えなくなり、ボーナスもなくなり、会社がいつ潰れるか分からないという状況の中で、従業員が会社のために働いてくれるかどうかは、社長や会社の志、つまり、会社のミッションやビジョンが確立して、徹底しているかどうかにかかってくるのです。

 彼女の一言を聞いたとき、私はそれを痛切に感じました。

良い会社とは、
存在意義や使命感が徹底している会社

 良い会社とは、考え方、特に存在意義や使命感などが徹底している会社なのです。

 ただ、それらがある、というだけでは不十分で、大切なことは、それらが従業員に浸透しているかどうか。

 ミッションやビジョンなどの会社の存在意義が本当に会社全体に徹底されていれば、使命感が醸成され、「働きがい」が生まれます。そして、そういう会社は強く、収益力も高いので倒産しにくいのです。

「自社の仕事を通じて社会に貢献すること」や「それを通じて働く人が幸せになること」が会社の目的(存在意義)であることを十分に理解していれば、そのために頑張ろうと思うことができるのです。

 特に経営者がしっかりと認識していることが大切です。そして、そういう会社は安定性が高いのです。

 でも、それがお金のため、社長の高級車を買うためとなったら、命をかけて頑張ろうと思う従業員などまずいないでしょう。

 だから経営者として、ミッションやビジョンを確立し、徹底することが重要なのです。

 これは、潰れかけた会社だけでなく、通常時でも、同じようなことをやっている会社でも、パフォーマンスが大きく違うのは考え方が統一、徹底しているかの差なのです。

(本稿は[増補改訂版]経営者の教科書 成功するリーダーになるための考え方と行動の一部を抜粋・編集したものです)

小宮一慶(こみや・かずよし)
株式会社小宮コンサルタンツ代表取締役会長CEO
10数社の非常勤取締役や監査役、顧問も務める。
1957年大阪府堺市生まれ。京都大学法学部を卒業し、東京銀行(現三菱UFJ銀行)に入行。在職中の84年から2年間、米ダートマス大学タック経営大学院に留学し、MBA取得。帰国後、同行で経営戦略情報システムやM&Aに携わったのち、91年、岡本アソシエイツ取締役に転じ、国際コンサルティングにあたる。その間の93年初夏には、カンボジアPKOに国際選挙監視員として参加。
94年5月からは日本福祉サービス(現セントケア・ホールディング)企画部長として在宅介護の問題に取り組む。96年に小宮コンサルタンツを設立し、現在に至る。2014年より、名古屋大学客員教授。
著書に『社長の教科書』『経営者の教科書』『社長の成功習慣』(以上、ダイヤモンド社)、『どんな時代もサバイバルする会社の「社長力」養成講座』『ビジネスマンのための「数字力」養成講座』『ビジネスマンのための「読書力」養成講座』(以上、ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『「1秒!」で財務諸表を読む方法』『図解キャッシュフロー経営』(以上、東洋経済新報社)、『図解「ROEって何?」という人のための経営指標の教科書』『図解「PERって何?」という人のための投資指標の教科書』(以上、PHP研究所)等がある。著書は160冊以上。累計発行部数約405万部。