高齢者にとって、銭湯は日常的な憩いの場であり、地域的には一種のコミュニティセンターにもなる。東京都健康長寿医療センターの推計では、年間約1万7000人の高齢者が入浴中に死亡しているとされ、その数は交通事故死(年間約4000~5000人)よりも多い。集団で入浴すれば、事故を未然に防ぐことができ、救命救急も可能になる。

 そんなことをあれこれ考えていると、銭湯が果たすべき社会的役割は決して小さくなった訳ではなく、むしろ、大きくなっているような気さえしてくる。

「ということで、ライバルはたぶん、デイケアセンターなんですよ。元気なお年寄りを増やせる場所。そういう場がうまく作れたら、混まなくてもやっていける銭湯ができそうな気がするんですけどねえ……」

「かき氷」が銭湯を救う!?
若き経営者が狙う“ソーシャル銭湯”とは

 じつは銭湯、ほんの少し前まではかなり儲かるビジネスでもあったのをご存知だろうか。

「だって、うちのおじいちゃん、毎日、釣り船に乗って釣りに行っていましたから。その費用が、なんと、1人8000円!子ども心に『えーっ、おじいちゃん、毎日、8000円も使ってんの!? すげー、お金持ってんじゃん』と思っていましたから」

 だからだろうか、田村さんの父親は「オレは貧乏くじを引いた」とぼやいている。しかし、その息子である祐一さんは、父のぼやきを聞いて、こう思う。

「いやいや、僕らはそのさらにもっと貧乏なくじを引いていますから」

 振り返れば、日本が熱かった時代の銭湯経営は楽だった。

 黙っていても客が来た祖父の時代には、規模の大きさがモノを言った。右肩下がりが当たり前だった父の時代は、人件費や燃料費をいかにして削るかなど、コストダウン競争に明け暮れた。生き残りをかけて知恵を絞らなければならなくなった孫の時代には、銭湯そのものの存在意義が厳しく問われている。

 日常生活に欠くことのできない施設という割に、銭湯の入浴料は高い。しかしながら、単なる機能ではなく癒しやコミュニティーのための空間を提供しようと思えば、その料金は安すぎる。銭湯が今後も本気で生き残ろうとするなら、それを取り巻く制度ごと、大いなるコンセプトチェンジを試みるしかない。