
――博多からJR鹿児島本線で50分。八女地区の玄関口・羽犬塚駅前で、日本料理店「日若屋」を営んでいるそうですね。
盛田 1920年代に妻の高祖父が創業しました。野菜やおにぎり、佃煮や漬物などの行商から始まり、やがて大衆食堂を営み、羽犬塚駅の乗降客に弁当を売っていたそうです。その後、炉端焼き店を経て、日本料理を幅広く提供する現在の業態に落ち着きました。
代表取締役・盛田泰功(もりた・やすのり)氏。1977年大阪府生まれ。大阪産業大学経済学部卒業後、ワーキングホリデーでニュージーランドへ。帰国後、調理師免許を取得。イタリアへ渡り、デザインを学ぶ。帰国後はWebサイト制作やEC事業の立ち上げ、ペットショップ勤務などを経て、義実家が営む日若屋に入社。2020年代表取締役に就任。
――羽犬塚駅を降りると、日若屋さんの大きな建物が目に飛び込んできますね。
盛田 90年に改築し、現在の3階建ての建物になりました。1階は掘りごたつの個室やカウンターテーブル、2階は九つの個室、3階は100人以上が着座いただける大広間や会議室があり、慶事や法事、宴会、パーティー、セミナーなどに対応できます。仕出しやケータリング、出前なども行い、地元のお客さまの多様な要望にお応えしています。
――中でも看板料理は?
盛田 一つは「ちゃんこ鍋」です。4代目に力士の知り合いが多く、元力士が働いていた流れで、ちゃんこ鍋を出すようになりました。魚介類や豚肉、鳥のつみれなどの具材を当店特製の醤油ベースのスープで煮込んでいます。ちなみに店の個室の名前は相撲部屋から取っていて、年1回、現役の幕内力士をお招きしてちゃんこ会を開いています。
もう一つの看板は「玉子焼き」です。卵を10個使ったビッグサイズの一品で、ほんのりとした甘味で、お年寄りからお子さんにまで愛されています。
――盛田社長は何代目ですか?
盛田 5代目です。4代目の娘と結婚し大阪に住んでいたのですが、4代目に呼ばれ、10年前から働き始めました。2020年に代表取締役に就任しました。
――コロナ禍で飲食業の経営を受け継ぐのは大変だったのでは?
盛田 主力の宴会事業がゼロになりました。ランチ営業と出前は続けたものの、売り上げはコロナ前の3~4割に激減。店舗は自社物件なので家賃はかかりませんが、正常化を見越して従業員は雇い続けたので、経営状況は厳しかったですね。今後、宴会需要が増えるとは考えにくい。そこで、新しいことに挑戦しました。







