すさまじいスピードで進化し、社会を変えていくAI。独裁的な政治家によって破壊されつつある平和と民主主義。これらを目の当たりにした人の多くは、今の世界に「混乱の極み」を感じているはずです。しかし、マッキンゼー勤務ののち、ソフトバンクの孫正義社長のもとで長らくその未来構想力を見続けてきた安川新一郎氏は、次のように断言します。
「今という時代が変動的(Volatile)で、不確実(Uncertain)で、複雑(Complex)で、曖昧(Ambiguous)なVUCAに見えるのだとしたら、それは【これから何が起きるかを思考するための具体的な技法】を持っていないからなのです」
本連載は、その「これから何が起きるかを思考するための具体的な技法」を伝える書籍、『未来思考2045』の一部を修正して公開するものです。
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技法(5)想定:普遍性と蓋然性から予見できる複数のシナリオを描き新たな歴史を創る
将来の不確実性に備えるためには、過去、現在、未来と展開する構造の延長に複数のシナリオを想定し、何が起きうるかをシミュレーションすることも必須の作業となります。これにより、変化への対応力が高まり、迅速な意思決定が可能になります。
もともとはランド研究所(*1)のハーマン・カーンが“未来を物語として記述する”方法に「Scenario(シナリオ)」という語を与えたのが、この技法の始まりです。
*1 1946年に設立された国防、安全保障、社会政策の分野で、科学的調査研究と政策立案支援をおこなう米国の非営利シンクタンクです。
その後ハドソン研究所(*2)で社会予測全体にも拡張され、同時期にフランスでガストン・ベルジェ(*3)が「ラ・プロスペクティブ(予見)」という概念を打ち立て、望ましい未来をシナリオとしてシミュレーションする考え方が確立していきました(これを現地フランスでいち早く吸収したのが、フランス留学中の林雄二郎でした)。
*2 米国のワシントンD.C.に本部を置く、保守系の非営利シンクタンクです。
*3 フランスの哲学者、実業家、行政官。
このシナリオ・プラニングという考え方を企業の経営判断に導入したのが、石油会社シェルです。1973年の第1次オイルショックを「起こりそうな(probable)筋書き」として事前に検討していたことで、原油価格の急騰に対する調達・投資判断を他社に先んじておこなうことができました。そしていち早く業績を回復させてオイルショック前の水準を超えたことで、業界のトップクラスに躍り出ます。
ロイヤル・ダッチ・シェルグループではその後も途切れることなく、組織内に専属のシナリオプラニングチームを維持し、シナリオを作って経営幹部と議論を重ねてきたとされています(*4)。
*4 ロイヤル・ダッチ・シェル「ニューレンズシナリオ 移行期にある世界への新たな展望」
シェルのプラニングチームは、外部環境のさまざまな要因を抽出し、それらの対立ロジックからいくつかの「筋書き」を描きます。そしてそれらをメインストーリーに統合します。「人が適切に認知し扱うことができるシナリオには限りがある」という運用知からです。
シェル・ロンドンのシナリオプラニンググループのリーダーだったピエール・ワックが強調したのは、重要な目的は、単一のシナリオの「未来予測」の精度を上げることではなく、複数のシナリオを提示し「経営陣のメンタルモデルを揺さぶること」でした。単一シナリオに“賭ける”のが、経営にとって最大のリスクであり、複数のシナリオの因果関係や想定する未来の事態について、経営陣が徹底的に事前に「思考すること」が重要だとしています。
また、京セラや第二電電の創業者であり著名な経営者である稲盛和夫は、将来の新規事業を考えるとき、まず徹底的に楽観的前向きに考えるメンバーだけを集めて会議をしたといいます。そしてある程度成功のシナリオが描けた後に、それを悲観的で堅実に考えるメンバーが徹底して批判的に検討する会議をおこなったそうです(*5)。
*5 『稲盛和夫の実学―経営と会計』など
実際の現実未来は、複数のシナリオの間のどこかにあります。両極端の対立ロジックから複数のシナリオを想定し、徹底的に未来を思考することで、“想定外”をなくしてあらゆる事態に対応できる能力やリソースを準備する。そして自らが新たな歴史を創るべく行動を始めることこそが、受動的な「未来予測」ではなく、能動的に未来を切り拓く「未来思考」につながるのです(*6)。
*6 梅澤高明(CIC Japan会長、元A.T.カーニー日本代表)による『最強のシナリオプランニング』においても「未来は予測するものではなく、複数の可能性を可視化して備えるもの」という視点が説かれています。シナリオ作成の5つのステップとして、1.問いの設定、2.要素の抽出(政治・経済・技術などの外部環境要因)、3.重要因子の特定(影響度と不確実性が高い2つの軸)、4.ストーリー化(軸を組み合わせて描く複数の未来)、5.戦略への落とし込み(シナリオごとのとるべきアクション)と、本著の「技法(5):想定」と同様の内容をより詳細に解説しています。




