すさまじいスピードで進化し、社会を変えていくAI。独裁的な政治家によって破壊されつつある平和と民主主義。これらを目の当たりにした人の多くは、今の世界に「混乱の極み」を感じているはずです。しかし、マッキンゼー勤務ののち、ソフトバンクの孫正義社長のもとで長らくその未来構想力を見続けてきた安川新一郎氏は、次のように断言します。
「今という時代が変動的(Volatile)で、不確実(Uncertain)で、複雑(Complex)で、曖昧(Ambiguous)なVUCAに見えるのだとしたら、それは【これから何が起きるかを思考するための具体的な技法】を持っていないからなのです」
本連載は、その「これから何が起きるかを思考するための具体的な技法」を伝える書籍、『未来思考2045』の一部を修正して公開するものです。

チャーチルPhoto: Adobe Stock

未来思考の5つの技法

 過去、現在、未来に至る「大きな構造的な変化」を把握し、さまざまな視点から起こりうる変化(蓋然性)を理解することで未来を読み解き、自らの行動で未来をより良い方向に導いていく――それが「未来思考」です。

 未来思考には、過去の先達からの学びや、私自身が孫社長をはじめとするビジョナリーな人々と働いてきた経験から紡ぎ出したいくつかの技法があります。ここではそのうち主要な5つの技法を紹介します。

技法(1)「歴史」:歴史の出来事から学び、未来を予見する姿勢を磨く

 世界初の未来研究機関IFTF(*1)(Institute for the Future)のフェローは、「見ようとしている未来までの時間の長さの、少なくとも2倍は過去を振り返らなければならない」と語っています。実際、これまでも多くの偉人が、未来を見通すために歴史に学んできました(*2)。

*1 1968年に設立された、企業や政府向けに長期的な未来予測や戦略シナリオを構築する米国の非営利シンクタンクです。

*2 ポール・サッフォー(IFTFフェロー)の“Six Rules for Effective Forecasting”(Harvard Business Review, 2007年7-8月号)のRule 5: “Look Back Twice as Far as You Look Forward.” ただしサッフォーはそのあとにこう説明しています。“The past, after all, is the only data we have. But you don’t always need to go twice as far back. The key is to understand the full cycle of the trend you’re examining.”(結局、我々が持つデータは過去しかない。しかし常に2倍の期間遡る必要はない。重要なのは、見ているトレンドの1つの完全なサイクルを理解することだ。)

 イギリスの宰相ウィンストン・チャーチルは「過去をより遠くまで振り返ることができれば、未来もそれだけ遠くまで見渡せるだろう」(The longer you can look back, the farther you can look forward.)との言葉を残しています。

 江戸幕府を開いた徳川家康は『論語』や『史記』などを読む大変な読書家でしたが、とりわけ鎌倉時代の治世について書かれた『吾妻鏡』を繰り返し読んでいたとされています。

 家康が鎌倉幕府の治世から学び、予見した未来は、武家政権は必ず朝廷・公家と地方の有力大名の連合体によって倒されるということでした(*3)。そこで、朝廷の権威を維持しつつ禁中並公家諸法度(*4)でその活動を制限し、実権は武家政権が握る二元体制を採用します。また、江戸幕府開府当時から御成敗式目(*5)を参考にした武家諸法度や参勤交代、一国一城令などの厳しい大名統制を断行しました。

*3 実際に250年後の討幕運動は、朝廷の権威を利用した薩摩藩、長州藩等によって主導されました。
*4 1615年に江戸幕府が制定した、天皇・公家を統制する17条からなる基本法令です。
*5 1232年に鎌倉幕府第3代執権の北条泰時が制定した、日本初の武家政権による基本法典。

 フィレンツェの政治家マキャベリは、古代ローマの軍制が傭兵に依存し、その裏切りによって滅びたという過去の事実から、傭兵依存は必ず国家を破滅させるという未来を予見しました。そして市民民兵制への転換を主導し、著作の『君主論』『戦術論』を通じて「常備の国民軍こそ国家の歯車」と政策化していきました。

 ドイツ帝国の鉄血宰相と呼ばれたビスマルクは、ルイ14世やナポレオンによるフランスのヨーロッパへの拡大に対して欧州諸国が包囲連合を形成した過去に学び、統一ドイツが拡張すれば欧州は必ず対独包囲網を組むと未来を予見。さらなる領土拡大を求めず現状を維持し、複雑な同盟網で均衡を維持する判断をしました。彼は後に、「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という有名な言葉を残しています。

 先ほど登場したウィンストン・チャーチルも、ビスマルク同様にルイ14世・ナポレオンの拡張に対するイギリスの動き――多国間同盟でフランスへの「包囲連合」を組んで「均衡による平和(バランス・オブ・パワー)」を維持したこと――から学びました。また、第一次世界大戦では、抑止の遅れ、部分的譲歩がより悪い戦争条件を招いたと分析。そして、「先に準備し、条件の良い段階で抑える」「宣戦布告と同時に都市と工業地帯が空襲にさらされる」との教訓を抽出しました。

 そうした学びから、チャーチルは、1920年代末以降の独ヒトラー政権の再武装や条約逸脱を周辺国家が「宥和政策」で認めていくことを一貫して批判しました。ヒトラーの増長を招き、長期の資源戦と世界を二分する諸国連合の大戦になるという未来を予見したのです。そして空軍の拡充と防空力の強化を進め、米国とソ連の参戦を含む大連合を模索しました。

 為政者は孤独です。同時代の家臣や学者から学ぶよりも、歴史上の同様の立場にあった先人に学ぶことが多かったのだと思います。古代ギリシャの歴史家のトゥキディデスはペロポネソス戦争についての記録である『戦史』(*6)で、「最も勇敢な者とは、栄光と危険とを同時に見通したうえで、それらを恐れずに直面する者だ」と述べています。未来を予見し、たとえそれが困難なものであっても、直視し対処する姿勢がまず重要です。

*6 ペロポネソス戦争(前431~前404年)は、アテネを中心とするデロス同盟とスパルタを中心とするペロポネソス同盟との間に発生した、古代ギリシャ世界全域を巻き込んだ戦争です。アテネ出身の歴史家トゥキディデスは、その経過を記録し、『戦史』という著作にまとめました。