すさまじいスピードで進化し、社会を変えていくAI。独裁的な政治家によって破壊されつつある平和と民主主義。これらを目の当たりにした人の多くは、今の世界に「混乱の極み」を感じているはずです。しかし、マッキンゼー勤務ののち、ソフトバンクの孫正義社長のもとで長らくその未来構想力を見続けてきた安川新一郎氏は、次のように断言します。
「今という時代が変動的(Volatile)で、不確実(Uncertain)で、複雑(Complex)で、曖昧(Ambiguous)なVUCAに見えるのだとしたら、それは【これから何が起きるかを思考するための具体的な技法】を持っていないからなのです」
本連載は、その「これから何が起きるかを思考するための具体的な技法」を伝える書籍、『未来思考2045』の一部を修正して公開するものです。

Investor Facing Stock Market DeclinePhoto: Adobe Stock

未来思考の技法(3)構造:予兆を構造化して過去・現在・未来と普遍的な法則性をつかむ

 構造を俯瞰して把握することから未来が予見できることもあります。フランスの経済学者・歴史家のジャック・アタリの言葉を紹介しましょう。

「未来の歴史を記述するにあたって、まず人類の過去の歩みについて語る必要がある。未来もなんらかの普遍性に規定されているわけであり、したがって過去の歴史の構造を把握することにより、数十年先の未来の歴史も予測することが可能となってくるのである(*1)」

 *1 『21世紀の歴史』

『トム・ソーヤの冒険』で有名な小説家マーク・トウェインは「歴史は繰り返さない、ただし、韻を踏む」という言葉を残したとされています。これは、完全に同じ現象は繰り返さないが、同じような構造(リズム)を持つという指摘です。

 歴史学者のフェルナン・ブローデル(*2)も同様の主張をした1人です。彼は歴史を「短期」「中期」「長期」の三層の時間の位相でとらえました。数か月から数年の短期の出来事の背景には、経済(Economics)や政治(Politics)、人口動態(Demographic)といった25年ないし50年単位の中期の波動という構造があり、さらには、中期に影響を与える数百年以上にわたる長期の構造そのものが存在すると指摘しました。

 *2 コレージュ・ド・フランス教授。歴史的時間の重層性に注目し、時間の流れの構造を分析しました。

 歴史を俯瞰すると周期性や構造が見えることは、他にも複数の識者によって説かれています。

 たとえば経済については、技術革新と資本蓄積と投資を軸に約50年のサイクルがあると、旧ソ連の経済学者コンドラチェフ(*3)が指摘しています。

 *3 旧ソ連の経済学者。農業問題の専門家でもあり、ソ連の農業政策を批判したためスターリン時代に粛清されました。

 新たな技術革新のもとにビジネスモデルが出現し、複数の国家が新たにその世界経済に引きずり込まれ、貨幣供給量が増加し、投資が増えて好景気となるが、投資が一巡すると資本蓄積され金利が下がり景気が後退する―そのサイクルが約50年であると主張したのです。

 この理論、コンドラチェフサイクルによると、現在は、第1波(産業革命)、第2波(鉄鋼・鋼鉄)、第3波(電気・化学)、第4波(自動車・石油化学)、そして第5波(情報革命)と展開してきた50年サイクルにおける停滞の時期にあたります。

 1995年頃~2020年頃までは、デジタル情報革命とグローバル化を背景に、新自由主義的な経済が拡大しましたが、2020年からのパンデミック後の成長鈍化、おさまらないインフレ、デカップリングやデリスキング(*4)といったグローバリゼーションの停滞や保護貿易の復活は、衰退期の兆候といえるでしょう。

 *4 デカップリング(Decoupling)は経済的分断のこと。第1期トランプ政権時に米中貿易戦争が起こり、その後のバイデン政権でも先進技術の輸出規制が実施されるなど米中の経済的分断が深まりました。デリスキング(De-risking)はデカップリングに代わって新たに登場した概念で、地政学的リスクを低減しつつ経済的な相互依存関係を維持する戦略を指します。

 政治と社会に関する周期も存在します。米国の歴史家アーサー・シュレジンジャーは、米国の政治が約30~40年で「私的利益(小さな政府)」と「公的目的(大きな政府)」とを往復すると指摘しています。

 実際にその政治の動きを見てみましょう(*5)。1800年以降、当初は産業革命による成長期待が生まれ、資本家が古典派経済学にもとづく小さな政府を主導しました(1830~1870年)。しかしその後、都市労働者が過酷な労働環境を問題視し、マルクス主義やビスマルクの社会保障制度の影響を受け(*6)、米国も独占規制などの社会主義的傾向にふれました(1880~1910年)。

 *5 米国の独立は1776年です。
 *6 鉄血宰相ビスマルクは、世界で初めて包括的な社会保障制度を整備しました。急速な工業化に伴う労働問題や社会主義運動の拡大に対処するための、「アメとムチ」の「アメ」としての政策でした。

 第一次世界大戦後の1920年代は「黄金時代」といった自由放任経済となりますが、その後世界恐慌が起き、世界では国家がすべてを統制する全体主義や、国が財政出動で経済に積極的に関与するケインズ(*7)経済学が実践され、高福祉を提供する大きな政府の時代となります(1930~1970年)。

 *7 ケインズは財政出動による政府介入の理論家として知られますが、その思考の核心には利子率・貨幣・投資・不確実性をめぐる金融的考察がありました。

 そして再び、レーガノミクス、サッチャリズム、日本では小泉改革といった大幅減税、規制緩和、小さな政府を目指す時代が世界的に訪れますが(1970~2008年)、世界金融危機やパンデミック後の現在は、その揺り戻しが生じています。環境問題や格差是正、国境管理に国の積極的な関与が求められるようになり、米国でも社会主義にZ世代が憧れるようになり、富と成功の象徴だったニューヨーク市に社会民主主義を標榜する市長が誕生するような事態まで起きています。

 また、フランスの人口統計学者、歴史学者、人類学者のエマニュエル・トッドは、ソ連の崩壊、英国のEU離脱や米国におけるトランプ政権の誕生などの予測を的中させたことで有名です。彼は常に、政治や経済の現象ではなく、人口動態・家族形態・識字率などから観測される、教育や宗教的価値観などの構造的基層がその国の未来を規定すると主張しています。たとえばソ連崩壊の予言は、経済や軍事バランスではなく、識字率の上昇、出生率の低下、核家族化、という「社会基層の構造変化」を統計的に分析した結果でした(*8)。

 *8 『最後の転落』(1976)

 トッドは、社会の深層構造が時間をかけて変化し、やがて政治・経済・思想の表層を変えるという「構造的時間」の視点から未来を予見します。彼にとって重要なのは、出来事そのものではなく、「どのような社会的構造がその出来事を可能にしたのか」という構造的因果関係です。

 経済・政治・社会全般に関する周期については、世界的なヘッジファンド、ブリッジウォーター・アソシエイツの創業者レイ・ダリオの主張を紹介しましょう。レイ・ダリオは著書『世界秩序の変化に対処するための原則 なぜ国家は興亡するのか』(Principles for Dealing with the Changing World Order: Why Nations Succeed and Fail)において、現在と類似する過去に学べば、これから起きることに対応できると記しています。

 今から2040年代にかけての20年は、米国の覇権衰退、中国の台頭、通貨の信認低下、社会的分断が重なって生じます。レイ・ダリオはこれを「17世紀のオランダ衰退」「19世紀イギリス帝国末期」との構造的類似として捉え、未来を予見して債券や為替の巨額投資に活用しています。