繰り返しの毎日。なぜ、こんなにつまらないのか。
人生は、思っているよりもずっと短い。限られた時間を「自分第一」で生きるためにはどうしたらいいのだろうか?
その答えが、『人生は気づかぬうちにすぎるから。「自分第一」で生きるための時間術』(クリス・ギレボー著、児島修訳)にある。本稿では同書から特別に一部を公開する。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局・佐藤里咲)
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繰り返しの毎日のなかで気づくべきこと
「最近、毎日が同じことの繰り返しに感じる」
仕事をして、帰って、スマホを見て、寝る。
特別不幸なわけではない。
それなのに、どこか満たされない。
時間だけが、どんどん過ぎていく。
こういうとき、多くの人は、「刺激が足りないんだ」と考える。
新しい趣味。旅行。もっと楽しい予定。
だが、ここで見落とされがちなことがある。
実は、“毎日が退屈になる人”ほど、
「自分もいつか死ぬ」という感覚を、どこか現実のものとして捉えられていない。
人は、「人生には終わりがある」と実感した瞬間に、時間の見え方が変わる。
“いつかやろう”が、“今やらなければ”に変わる。
会いたい人。やりたいこと。本当に大切にしたい時間。
それらを後回しにできなくなるのだ。
「自分の死」を日々意識しよう
では、なぜ「自分の死を意識すること」が、人生を変えるのか。
1.誰もがいつかは死ぬ。
2.私はいつか死ぬ。
1番目に比べて、2番目の文のほうが死は個人的なものに感じられる。いつか死ぬのは他人だけでなく、あなたや私も同じなのだ。私がこの過去の著作の執筆を通して発見したことは明らかだった。死について考える自分なりの視点を持っている人は、生涯を通じて大きな目標を追求しようとする傾向が強いということだ。しかし、自分の死について考えることは自然にできるものではない。死を想うことは、冒険を追い求める人たちにとっては役立つものだったが、『三体』のワン・ミャオにとってそうであったように、恐ろしいことでもある。これは、重要なことを示唆している。死について考えることは、私たちを不安にさせることもあれば、目的を与えてくれることもあるのだ。
だからこそ、人生を充実させている人ほど、「時間は無限ではない」と理解している。
いつか死ぬ。それは怖いことでもある。
だが同時に、「今をどう生きるか」を真剣に考えさせてくれる。
人は、自分の人生に終わりがあると実感したとき、
初めて“本当に大切な時間”を選び始めるのだ。
(本稿は、『人生は気づかぬうちにすぎるから。「自分第一」で生きるための時間術』の発売を記念したオリジナル記事です)









