会社では仕事を頼まれ、家では家事と家族サービス、休日はSNSやYouTubeで気づけば一日が終わる――「ひとりの時間が欲しい」と思いながら、いつもそれができない。その状況を、哲学者ショーペンハウアーは別の視点から読み解く。
IVEチャン・ウォニョン氏や俳優ハ・ソクジン氏の愛読書と話題となり、韓国で262刷、60万部を超え、「哲学ブーム」の火付け役となった書籍『求めない練習 絶望の哲学者ショーペンハウアーの幸福論』から人生のヒントを探る。

【哲学】若いうちはひとりでいると怖くて不安になったが、年を取るとひとりでいる時間が楽になる。

「忙しい」のは、外から与えられているだけではない

職場では同僚に話しかけられ、会議が入り、仕事を頼まれる。
帰宅すれば家事があり、家族との時間がある。
休日にはちょっとだけのつもりでYouTubeを開いて、気づけば夜になっている。
どこにいても、誰かか何かに時間を持っていかれる感覚――
これは現代を生きる多くの人が感じていることだ。

しかし著者はここに、もう一つの視点を加える。
大衆音楽や刺激的なコンテンツは、神経を必要以上に刺激することが多い。
休日に「休んでいるはず」なのに疲れが取れないのは、刺激の多い情報を受け取り続けているからかもしれない。

「ひとりでいる時間」への感覚は、年齢とともに変わる

誰でも自分だけの時間を持ちたいと思っているが、会社では同僚から話しかけられ、仕事を頼まれたり、会議をしたりして忙しい。家に帰ったら帰ったで、家事のせいで慌ただしく、家族サービスに時間が取られてしまう。
それだけではない。休日には一日中ユーチューブやテレビを見るせいで、うるさく散漫な時間を過ごすことになる。
大衆音楽や刺激的な記事は、神経を必要以上に刺激することが多い。
若いうちはひとりでいると怖くて不安になったが、年を取るとひとりでいる時間が楽になる。
20代と30代は、経験を積んで見聞を広げるため、人と会うのに忙しい。しかし、40代になるとある程度余裕もでき、社会的立場を確保し、ひとりだけの時間を過ごす機会ができる。自分が大切だと思うことを選択し、そこにエネルギーを集中させることが必要な時期だ。

若いうちは、ひとりでいると不安になる。
誰かといることで安心し、埋まっていく感覚がある。
しかし年を重ねるにつれ、ひとりでいる時間が「怖いもの」から「必要なもの」へと変わっていく。

これは孤独への耐性がついたのではなく、自分の内側と向き合える力がついてきた証だ。
「ひとりの時間が欲しい」という感覚が強くなってきたなら、それは成熟のサインかもしれない。

「散漫な時間」と「静かな時間」を、意識的に分ける

問題は、ひとりの時間がないことではなく、ひとりになれても「散漫な時間」になってしまうことだ。
スマホを手放せず、動画を流し続け、通知に反応し続ける――
それはひとりでいるようで、絶えず外からの刺激を受け続けている状態だ。

ショーペンハウアーが示す「自分だけの時間」とは、
外からの刺激を切り、自分の内側に静かに向き合う時間のことだ。
長くなくていい。
1日の中に、ほんの少しそういう時間をつくること――それが、疲れの質を変え、自分を取り戻す出発点になる。

今日から試すなら、スマホを置いて、何も見ず何も聞かない時間を10分だけつくることだけでいい。

(本記事は『求めない練習 絶望の哲学者ショーペンハウアーの幸福論』をもとに作成しました)