KPIはきちんと達成しているのに、なぜか事業は良くならず、現場ばかりが疲弊していく――そんな違和感を覚えたことはないだろうか。実はその答えは、いまから約70年前に書かれたピーター・ドラッカーの古典『現代の経営』の中にある。本稿では、なぜ一つの数字を追うほど事業が見えなくなるのかを、ドラッカーの「目標」をめぐる洞察から読み解いてみよう。本連載では、膨大なドラッカーの著作を読み返し、その中から令和の現在に役立つ知を取り出して紹介していく。(構成:ダイヤモンド社書籍編集局)

KPIは達成、なのに事業が痩せる
四半期のKPIはすべて達成した。それなのに顧客は静かに離れ、現場の社員は疲れ切っている――そんな光景に覚えはないだろうか。
たとえば、カスタマーサポート部門が「1件あたりの平均対応時間」を縮める目標を掲げたとする。数字は見事に改善するのに、急かされた顧客の不満は静かに積もり、半年後に解約という形で跳ね返ってくる。
営業部門が新規アポイントの件数だけをノルマにすれば、数合わせの面談が横行し、本来大切にすべき既存顧客へのケアは後回しになる。どちらも、追っている数字そのものは正しく達成されているのだ。
不思議なのは、数字を達成するほど事業が痩せていくという逆転が、決して珍しくないことである。いったい、どこで歯車が狂うのだろうか。
「唯一の正しい目標」という毒
この問いを、いまから約70年前に解いていた人物がいる。本書の著者ピーター・ドラッカーである。
ドラッカーは本書で、たった一つの数字や目標を絶対視する姿勢を厳しく戒めた。彼はそれを「唯一の正しい目標」の探求と呼び、賢者の石(中世の錬金術師が夢見た、すべてを黄金に変える架空の石)を探すように空しく、明らかに毒をなすものだと断じている。
ここで誤解してはならない。ドラッカーが警戒したのはKPIという仕組みそのものではなく、それを唯一絶対の指標に祭り上げる姿勢である。彼が「唯一の正しい目標」と呼んだものを、令和の私たちはKPIやノルマと呼んでいるにすぎない。
本書には、こう書かれている。
一つの目標だけを探求することは、つまるところ、この判断を不要にするために魔法の公式を求めることである。判断の代わりに公式を使うことは、常に間違いである。
――『現代の経営』より
マネジメントとは、本来いくつもの目標のあいだでバランスを取る、判断の仕事である。その判断を放棄し、一つの公式に答えを委ねた瞬間に、経営は足元から狂いはじめる。
見落としてはならないのは、この警告を発したドラッカー自身が、「目標管理(MBO)」――社員が自ら目標を立てて成果を管理する手法――を世に広めた立役者だという事実だ。目標で経営することを誰よりも信じた人物が、たった一つの目標に判断を委ねる危うさもまた、誰よりもよく知っていた。
スージーちゃんが消える理由
なぜ、たった一つの数字に頼ると危ういのか。その理由を、ドラッカーは知能検査というたとえで鮮やかに描き出している。
本書には、スージーちゃんという架空の子どもが登場する。知能指数(IQ)を測る検査を受けた、ごく普通の子どもだ。
検査の数字がいかにあてにならないかを承知している教師や親でさえ、いざ結果を見せられるとどうなってしまうのか。本書には、こう書かれている。
しかし実際には、教師や親、あるいは知能検査の理論や計算方法のいい加減さを知っている人たちまでが、スージーちゃんの顔を見るたびに、知能指数なるもっともらしい測定結果に気をとられ、ついにはスージーちゃんそのものが見えなくなってしまう。
――『現代の経営』より
点数は、その子のほんの一面を切り取った参考値にすぎない。それなのに数字が出たとたん、生身の子どもそのものが見えなくなる――ドラッカーが突いたのは、人間が陥るこの弱さである。
同じことが企業でも起きる。測った数字だけが現実になり、測っていないものは頭から消えていく。応答時間や売上は毎日確認するのに、顧客が積み上げてきた信頼や、社員の意欲を数える人はいない。
だからこそドラッカーが示した処方箋は、目標を一つに絞らないことだった。本書は、事業の健全さを保つには8つの領域すべてに目標が要ると説く。マーケティング、イノベーション、生産性、資金と資源、利益、マネジメント能力、人的資源、社会的責任――どれか一つだけを追えば、残りは静かに痩せていくからだ。
測定は判断の「代わり」ではない
ここまで来れば、冒頭の違和感の正体が見えてくる。KPIが現場を壊すのは、KPIという仕組みが悪いからではない。
壊れるのは、数字に判断を肩代わりさせた瞬間である。判断を助けるはずの数字が、いつのまにか考えることそのものを止めさせ、事業の全体像を覆い隠してしまうのだ。
ドラッカー自身、目標とは判断を不要にする魔法の公式ではないと、本書で繰り返し説いている。測定は、判断を「可能にする」道具であって、判断の「代わり」ではないのだ。
令和のいま、私たちは数えきれないほどのKPIに囲まれている。だが数字は、現場で起きていることを映す窓ではあっても、現場そのものではない。
測れないものにこそ、事業の急所は隠れている。一つの数字を盲信せず、その外側にもまなざしを向け続けること――派手さはないが、事業を見失わずにすむ確かな道は、案外そこにしかないのかもしれない。
![ドラッカー 現代の経営[上]](https://dol.ismcdn.jp/mwimgs/e/d/250/img_ed62ba67f90f81923af8fba9b6a0e7bb245294.jpg)







