人口減少が現実となり、長く安定していた人件費や資源価格が一気に上がり始めた現在。「売上は伸びているのに、利益が残らない」と頭を抱えるビジネスパーソンは多いはずだ。そんなときに頼りにしたいのが、ピーター・ドラッカーが説いた「儲からない時代にマネジャーが問い直すべきこと」である。この記事では『チェンジ・リーダーの条件――みずから変化をつくりだせ!』を手がかりに、人口減少と高コスト時代に必要な発想を解説する。本連載では、膨大なドラッカーの著作を読み返し、その中から令和の現在に役立つ知を取り出して紹介していく。(構成:ダイヤモンド社書籍編集局)

ドラッカー人口減少

利益が出にくい時代に何をするか

 これまで当たり前だった「人件費は安く据え置ける」「人は採れば集まる」という前提が一気に崩れ始めた。原材料も光熱費も、上昇基調から戻る気配がない。

 多くの企業はこの状況に対し、値上げと経費削減で耐えしのごうとしている。しかし、それだけで本当に乗り切れるのか。「利益の極大化」だけでは未来は守れないと本書『チェンジ・リーダーの条件』は警鐘を鳴らす。

 ドラッカーは、利益そのものを企業の目的とすることをはっきり否定する。本書には、利益とは活動の原因や理由や根拠ではなく、活動の妥当性を判定する基準であると書かれている。

 つまり、利益が出ないという結果に対して、コストを削るという対処だけを繰り返しても、根っこにある問題は解けない。問うべきは「われわれの事業は何か。顧客は誰か。顧客にとっての価値は何か」である。

企業の目的は顧客の創造

 では、企業の目的は何か。ドラッカーは本書のなかで、ただ一つの答えを示している。それがあまりにも有名な「顧客の創造」である。

 言い換えれば、市場は神でも自然でも経済的な力でもなく、企業がつくり出すものだという発想だ。コピー機やコンピュータが世に出るまで、その欲求は人々の中に存在しなかった、というドラッカーの指摘は象徴的である。

もちろん、つねに何らかの販売は必要である。しかしマーケティングの理想は、販売を不要にすることである。マーケティングが目指すものは、顧客を理解し、製品やサービスを顧客に合わせ、おのずから売れるようにすることである。

――『チェンジ・リーダーの条件』

 ここでドラッカーが言う「販売の不要化」こそ、人手不足の令和に効く考え方だろう。営業を増やせない、広告費もかけられないとなれば、もはや「おのずから売れる仕組み」しか残らない。

 顧客が本当に求める価値さえ的確に掴めば、過剰な販促コストは不要になる。削るべきは経費ではなく、ズレた商品開発のほうかもしれない。

人口減少は唯一の確かな未来

 令和の経営でもう一つ無視できないのが、人口構造の変化である。ドラッカーは半世紀以上前に、この変化の重大さを次のように説いている。

人口構造は、購買力や購買パターン、あるいは労働力に影響を与えるというだけの理由で重要なのではない。それは、人口構造が、未来に関して予測可能な唯一の事実だからである。

――『チェンジ・リーダーの条件』

 将来の景気や金利や為替は当てられないが、十年後にこの国に何歳の人が何人いるかは、ほぼ正確に分かる。ここに、唯一信頼できる長期計画の土台がある。

 たとえば、これまで主要顧客だった現役世代が縮み、代わりに高齢世帯と単身世帯が市場の中心になる。これまでと同じ商品を、これまでと同じ売り方で届けるという発想こそ、最も危ういのかもしれない。

 ドラッカーが本書で挙げる「冷蔵庫を食物の凍結防止用としてイヌイットに売る」という例は示唆的だ。同じ製品でも顧客と用途を変えれば、それは立派なイノベーションになる。人口減少社会でも、新しい顧客は見出されるのを待ち続けているかもしれない。

「廃棄」こそ最強の戦略

 もう一つ、令和のビジネスパーソンが本書から学ぶべきは「廃棄の決断」である。ドラッカーは本書のなかで、企業の使命に合わなくなった製品やサービス、流通チャネルを計画的に廃棄せよと繰り返し述べる。

 これは耳に痛い指摘だ。多くの会社では、「やめる決断」は「始める決断」より何倍も遅れる。過去の成功体験ほど捨てづらいからである。

 しかし、人手も時間も限られた令和の現在において、惰性で続けている事業に資源を割き続ける余裕は、もうない。「昨日を守る仕事」が明日を奪うのだ。

 ドラッカーは本書で「エネルギーは昨日を防衛するために使い果たされる」と述べている。これは生成AI時代の現場にもそのまま当てはまるだろう。他社のAI利用によって駆逐されようとする業務を温存し続ければ、本来生み出せたはずの新しい価値は永遠に生まれない。

 われわれの事業は何か、何になるか、何であるべきか。この三つの問いを、苦境のときではなく、まだ余力のある今、自社に投げかけてみてはどうだろうか。本書が長年読み継がれている理由は、まさにここにある。