2016年にイギリスの国民投票でEU離脱が決まり、アメリカでトランプが大統領に選出されてから10年たち、欧米諸国の政治的・社会的混乱がますます深まるなかで、戦後の国際社会をつくってきたリベラリズム(自由主義)やデモクラシー(民主政)、グローバルな市場経済(資本主義)への懐疑の声が高まっている。
左派(リベラル)と右派(保守派)は政治イデオロギーで対立し、アメリカでは共和党=トランプ支持者と民主党支持者が憎み合っているが、それにもかかわらず、ときに両者の主張はとてもよく似ている。
Photo: S_MAK / PIXTA(ピクスタ)
【参考記事】
●アメリカの奇妙な陰謀論は、Qアノンをはじめとする右派だけでなく高学歴の左派(レフト)やリベラルにも広がっている
スロボディアンは世界中でる「ゾーン」が増殖している論じた
クィン・スロボディアンはグローバリズムを批判する左派の歴史学者で、『破壊系資本主義 民主主義から脱出するリバタリアンたち』(松島聖子訳/みすず書房)は世界中で増殖する「ゾーン」がテーマだ。
ゾーンとは規制の制限を受けない「国内の異質な“飛び地”」で、「その区画内では一般的な課税権が留保される場合が多く、投資家(企業)が事実上、独自にルールを決められる」とされる。いわば準治外法権区域で、国内のタックスヘイヴン(租税回避地)だ。
スロボディアンによれば、経済特区、輸出加工区、外国貿易地域などの名称で世界には少なくとも82種類のゾーンがあり、それを合計すると5400カ所を超えるという。
ゾーンの典型が1985年にドバイに開業したジュベル・アリ自由貿易地区で、企業に50年にわたる免税措置を与えている。本書の原題である“Crack-Up Capitalism(はちゃめちゃ資本主義)”は、グローバル企業がこうした「ミニ政体(小規模な代替政治体制)」を利用して民主的な統治を巧妙に回避し、「自由市場」の恩恵のみを得ようとすることをいう。それによっていま、公正な市場経済が蝕まれているのだ。
1978年、香港を訪れた(ネオリベ=新自由主義を世界に伝道した)経済学者ミルトン・フリードマンは、「おそらく香港が世界の資本主義の望ましい最終形態だろう」と述べた。「国家の自治権、1人1票、人民の力といった考えは、いくつもの回り道やクローバー型インターチェンジを経て国への隷属に行きつくだけだ。商業と金融に特化した完璧な“商船”――つまり人民の要求を完全にはねのけつつ市場の要求には機敏に対応する、この強力なパワーを持つ資本主義者の破壊神(ジャガーノート)にこそ未来が宿るはずだ」と述べたという。
その後、「グローバリストの実験場」はロンドンのウォーターフロント(ドックランズ)の再開発、ヨーロッパの人口4万(面積は小豆島とほぼ同じ)のタックスヘイヴンであるリヒテンシュタイン公国、ドバイやシンガポールのほか、アパルトヘイト時代の南アフリカにつくられた自治政府バントゥースタンや、「アフリカの角」と呼ばれるソマリアからの独立を宣言した旧イギリス領ソマリランドなどへと増殖していく。
なかでも興味深いのが中米のホンジュラスだ。2018年にノーベル経済学賞を受賞するポール・ローマーは、自身の研究を活かす場所としてこの国を選んだ。ローマーの経済成長理論(内生的成長理論)によれば、ゆたかになる国がある一方で貧しいままの国があるのは、たんに立地条件や保有する天然資源の問題ではなく、「重要なのは無形の条件――すなわち正しいルールを備えているかどうか」だ。
そのローマーが提唱したのが「チャーター・シティ(憲章都市)」で、既存の国家の枠組みから独立し、効率的で透明性の高い規制や税制を設けた自治都市をつくることで、シリコンバレー型の「スタートアップ」の都市版が実現できると論じた。
2010年、ホンジュラスの大統領がローマーにチャーター・シティ構想の実現を提案し、翌11年には独自の行政、独自の裁判制度、独自の税制などをもつ「RED(Regiones Especiales de Desarrollo=特別開発地域)」法が可決された。
ローマー自身もホンジュラスの「透明性委員会」の委員長を引き受けたが、12年に政府が投資家との交渉を秘密裏に進めたとしてプロジェクトから手を引いてしまう。
その後、ホンジュラス最高裁はREDを主権侵害を理由に違憲と判断するが、議会はZEDE(Zonas de Empleo y Desarrollo Económico=雇用経済開発区)法を可決し、独自の法体系や裁判所だけでなく警察に近い権限までもつ準自治領へとバージョンアップさせた。ホンジュラスのZEDEは「グローバル企業による自治都市」へと変質したのだ。
プロスペラ(Próspera)はホンジュラスがカリブ海のロアタン島に建設したZEDEで、ピーター・ティールなどシリコンバレーの投資家だけでなく、リバタリアンの運動家などからも投資を集め、暗号資産やバイオテクノロジーなどスタートアップ企業の誘致に成功した。だが地元住民の支持を得られず「新植民地主義」と批判され、2022年に左派政権によってZEDE法は廃止された。







