アメリカの奇妙な陰謀論は、トランプを神と見なして熱烈に支持するQアノンをはじめとして、右派(それも知識社会から脱落した非大卒の白人労働者階級)に浸透しているとされる。これは間違いではないものの、じつは高学歴の左派(レフト)やリベラルのあいだにも、同じような陰謀論思考が広まっている。

 右派の陰謀論についてはジャーナリストなどによる多くの調査・検証があり、ここでも何度か紹介した。

【参考記事】
●アメリカで社会の「リベラル化」によって、生まれた過激なカウンターカルチャー「マノスフィア(manosphere)」。トランプ大統領は必然だったのか?なぜ「普通の奴ら」は皆殺しなのか?

 一方、「リベラルの論」はこれまであまり論じられることがなかった。そんな不満を解消してくれるのが、ナオミ・クラインの『ドッペルゲンガー 鏡の世界への旅』(幾島幸子訳/岩波書店)だ。

まったく知らないところで、自分の分身(ドッペルゲンガー)が陰謀論をまき散らしてている

 ナオミ・クラインは『ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く』(幾島幸子、村上由見子訳/岩波現代文庫)などで知られる左派のジャーナリストで、アクティビスト(活動家)でもある。そのクラインが左派の陰謀論をテーマにすることになったのは、「もうひとりのナオミ」であるナオミ・ウルフの“闇落ち”がある。クラインにとっての「ドッペルゲンガー」とは、ナオミ・ウルフのことなのだ。

 ナオミ・ウルフは1991年、28歳のときに刊行した『美の陰謀 女たちの見えない敵』(曽田和子訳/阪急コミュニケーションズ)が世界的なベストセラーになったことで、一躍90年代フェミニズムの旗手になった。この本でウルフは、1960年代以降の(第2波)フェミニズムによって女性の権利は拡大し、社会進出も進んだものの、その代償として女たちは「つねに美しくあらねばならない」という“美の神話(原題は“The Beauty Myth”)に囚われてしまったと論じた。

 それに対して、1970年生まれでウルフより8歳若いナオミ・クラインは、2000年に刊行した『ブランドなんか、いらない 搾取で巨大化する大企業の非情』(松島聖子訳/大月書店)がやはり世界的なベストセラーになり、注目を集めた。

「ナオミ」という西欧では珍しい名前は、旧約聖書の『ルツ伝』に出てくる女性Naomiから取られ、ヘブライ語で「快い」「喜ばしい」などの意味があるという。この名を与えられたクラインもウルフも、ともに北米のユダヤ系の家系に生まれた(クラインはカナダ・モントリオール、ウルフはアメリカ・サンフランシスコ生まれ)。年齢的にも近く、2人とも新世代のフェミニストで、左派の立場から「資本主義」や「男性優位社会」を批判したことから、それまでもしばしば混同されることがあったという。

 ところがコロナ禍の時期に、ウルフが「反ワクチン」の陰謀論にはまり、右派陰謀論者のスティーブン・バノン(2017年の第一次トランプ政権の首席戦略官)のPodcasts (ポッドキャスト)「War Room(作戦指令室)」に頻繁に出演するようになったことで、SNSでクラインが「陰謀論者」として批判されるという取り違いが起きたのだ。

 ウルフはそれ以前にも、「空に奇妙な形をした雲が出現したのは『地球全体にアルミニウムを』噴射するという米航空宇宙局(NASA)による秘密工作の一部で、その目的は認知症の流行を引き起こすためかもしれない」などという突拍子もない主張をしていた。

 未知のウイルスが社会を動揺させ、ひとびとが不安になると、ウルフの陰謀論は、マスク着用義務やワクチン接種義務・接種証明アプリを「私たちを“テクノ奴隷”に変え、自発的に自由を放棄することを強いる実験であり、策略、作戦、あるいは戦争行為の一環」で、ナチス・ドイツやアパルトヘイト時代の南アフリカ、あるいは中国の新疆ウイグル地区と同じ「ジェノサイド(集団殺害)」だという主張へと拡張されていった。

 クラインが困惑したのは、ウルフが過激な発言をするたびに、自分に批判の矢が飛んでくることだ。そしてあるとき、Twitterのオートコンプリート機能が混乱を引き起こしていることを知る。2人があまりに混同されるために、ユーザーがNaomiと打つと、(Wolfではなく)Kleinと表示するようになっていたのだ。

 この体験をクラインは、「世界は消えつつあり、私も消えつつあった」と書く。まったく知らないところで、自分の分身(ドッペルゲンガー)が陰謀論をまき散らし、理不尽にもその責任を問われているように感じたのだ。

アメリカの奇妙な陰謀論は、Qアノンをはじめと右派だけでなく高学歴の左派(レフト)やリベラルにも広がっているmetamorworks / PIXTA(ピクスタ)

ナオミ・ウルフの“闇落ち”は初歩的な間違いから起きた

 ナオミ・ウルフの“闇落ち”は、当然のことながら、リベラル系メディアの格好のネタにされた。「ナオミ・ウルフの狂気」「フェミニストで民主党の偶像(アイコン)から『陰謀論者の渦』へと滑り落ちたナオミ・ウルフ」「現代の古典的フェミニストが私の人生を変えた。あれはゴミだったのか」などの記事が次々と書かれた。

 なぜこんなことになったのか。クラインは、そこにははっきりした理由があると述べる。それが「バーチャルな死」だ。

 2019年、ウルフは新著『アウトレイジズ セックス、検閲、愛の犯罪化』のプロモーションでBBCラジオに出演し、番組の司会者で歴史家のマシュー・スウィートと対談した。ウルフはこの本で、イギリスでは19世紀半ばになっても、男色(ソドミー)で有罪となり「処刑された男性が数十人」にのぼることが裁判所の記録に残されていると記した。

 ウルフはその根拠として、裁判記録に「death recorded(死刑を記録する)」と書かれていることをあげたが、歴史家であるスウィートはこの解釈は正反対で、「有罪になった男たちが実際には処刑を免れた」という意味だと指摘した。

 death recordedが死刑執行ではなく、「形式上は死刑判決だが、執行せず恩赦・減刑する予定の案件」だということは、基本的な法史用語で「専門家なら知っている基本事項」だという。

 この初歩的な間違いが大きな打撃になったのは、『アウトレイジズ』がオックスフォード大学でウルフが英文学の博士号を取得したときの論文が元になっていたからだ。それ以外にも、同性愛者と児童性愛者を取り違えるなど多くの誤りが見つかったことで、アメリカでの出版は取りやめになり、本は廃棄処分にされた。

 BBCラジオでは、スウィートが「あなたが処刑されたといっているひとたちは、実際には処刑されていないと思います」と指摘し、ウルフがその場で困惑する様子が放送された。その状況が録音され、SNSなどで面白おかしく拡散したことで、ウルフの知的権威は地に落ちた。これがクラインのいう、ウルフの「バーチャルな死」だ。

 じつはウルフは、このスキャンダルとほぼ同時期に、精神的な支柱ともいうべき父親の死を体験していた。それを受けて、クラインは「パンデミックという不安定な時期に、(ウルフは)すでにきわめて不安定な状態で突入した」として、次のように書いている。

彼女には失うものはほとんどなかった――だが、その後すぐに明らかになるように、得るものは膨大だった。