「世界は二人のために」は1967年のヒット曲で、佐良直美が、愛も花も恋も夢も「あなたと二人」で、「二人のため 世界はあるの」と歌った。ロマンティックラブ・イデオロギーと呼ばれるこの価値観(「世界は二人のためにできている)は、欧米から戦後の日本に“輸入”され、いまもわたしたちを強く呪縛している。
ところがその欧米でいま、「ソロ・ムーヴメント」という興味深い現象が起きている。これは簡単にいうなら、既婚者のためにつくられた世界のルールを破り、「誇りをもって生涯一人で生きていける」社会をつくろうという運動だ。行動経済学者のピーター・マグロウは、『「ソロ」という選択 自分だけの特別な人生を築く』(江口泰子訳/青土社)で、なぜいま「ソロ」なのかを論じている。
「ソロ」という生き方を社会に認めさせるための運動
マグロウは34歳のとき、友人たちを招いてバチェラーパーティ(独身さよならパーティ)を開いた。だがそのとき、マグロウには結婚の予定はなかった。それは、「シングル」から「ソロ」になる記念だったのだ。
いま世界中で独身者が増加している。アメリカでは1億2700万人の成人が独身で、これは成人の2人に1人に相当し、そのうち半数がデートに関心がない。ミレニアム世代(1981年から1990年代半ば生まれ)の4人に1人が一生結婚しないとの推計もある。
アメリカでは単身世帯も増えており、全体の28%を占める。次いで2人世帯が全体の24.6%、いわゆる伝統的核家族(夫婦と18歳以下の子ども)は19.5%に減った。
独身者の比率が高いのはノルウェー(46%)、デンマーク(44%)、フィンランド(43%)、スウェーデン(43%)の北欧諸国で、都市ではストックホルムとロンドンが1位を争っている。
こうした状況は日本も同じで、2020年の国勢調査では1人世帯は38.0%(2115万世帯)でもっとも多く、次いで2人世帯28%、夫婦+子ども世帯25.1%、夫婦のみ世帯20.1%となっている。東京だけにかぎれば、単身世帯の割合は半数ちかくになる。
同様に、日本の50歳時未婚率は男性28.25%、女性17.81%で、30~34歳の未婚率は男性51.8%、女性38.5%、35~39歳でも男性の38.5%、女性の26.2%が独身のままだ。
このように独身者が増えているにもかかわらず、欧米は日本以上に強固なカップルカルチャーで、1人で外食しようとするとカフェか、せいぜいファストフード店くらいしか選択肢がない。ニューヨークやサンフランシスコのような都市部で高級な寿司店が増えている理由のひとつは、1人でもカウンターでまともな料理が食べられるからだろう。
こうしてマグロウは、「結婚こそ善、独身は悪、いつの日か『ベター・ハーフ(伴侶)』が現れ、自分の足りないところを補って自分を完成させてくれ、人生をより豊かなものにしてくれるはずだというナラティブ」こそが独身者を苦しめていると考えるようになる。だとしたら必要なのは、「ソロ」という生き方を社会に認めさせるための運動(ムーヴメント)だ。
マグロウが手始めに「ソロ」というポッドキャストを始めたところ、たちまちダイレクトメールが殺到した。あるリスナーは「完全な人間になるために誰も必要ない。独身なのにではなく、独身だから最高の人生が送れる。あなたのポッドキャストを聞いた時、この事実に目から鱗がでした」と書いてきた。別のリスナーからは、「この世にあなたが生まれてきてくれて、本当によかったです」というお礼のメッセージが送られてきた。アメリカには多くの「抑圧された独身者」がいたのだ。
シングルは「いつかは結婚するぞ族」、ソロは「結婚なんて絶対あり得ない族」
マグロウは「シングル(Single)」と「ソロ(Solo)」を区別する。シングルは、将来の結婚を前提としながら、ある種のモラトリアムとして独身生活を送っているひとたちで、「いつかは絶対(結婚するぞ)族」と「ひょっとしたら(いつかは結婚するかも)族」が含まれる。それに対してソロは、「(結婚なんて)絶対あり得ない族」だ。
また、「孤立(Loneliness)」と「孤独(Solitude)」も異なるという。孤立というのは自分を気にかけてくれるひとが誰もいない状態だが、孤独は自ら望んで一人の時間を楽しむことだ。
なぜいま「ソロ」なのか。マグロウはこれを「関係エスカレーター」で説明する。エスカレーターに乗ると目的の場所まで自動的に連れていかれるように、社会が期待する人間関係のエスカレーターに乗ってしまうと、「結婚」や「家族」というゴールに向かう「あらかじめ決められたステップ」から降りられなくなってしまう。
関係エスカレーターは三つのルールからなっている。第一のルールは「ピラミッド構造」で、人生をピラミッドと見なしたとき、その頂点に恋愛関係があるという価値観だ。
「アマトノーマティヴィティ(Amatonormativity)」はラテン語で「愛される」を意味する「amatus」と、社会規範を意味する「normativity」を組み合わせた造語で、2010年代に哲学者のエリザベス・ブレークが、「結婚や恋愛がすべてのひとにとってもっとも重要で好ましいもので、誰もがそれを望み目指すべきだ」という社会規範を表わす言葉として提唱した(日本では「恋愛伴侶規範」と訳される)。
この規範を受け入れ、いったん恋愛や結婚という人間関係をつくると、「社会的イベント、休暇、注目、愛情において、パートナーがなにより優先される」ことになる。その結果、「関係エスカレーター以外の社会的行事に参加したり、ほかの約束に出かけたりする時には、相手の承諾を“得なければ”ならなくなる」とマグロウはいう。
関係エスカレーターの二つ目のルールは「融合」で、「関係エスカレーターに乗る者は、生活上の細かな取り決めや家計、さらにはアイデンティティにおいても、ふたりの人生をひとつにする」。結婚すると、あるいは結婚を前提として恋愛関係になっただけでも、二人は「アイデンティティやライフスタイルを合体しはじめる」のだ。
三つ目のルールは「性的、愛情面でずっと一夫一婦」で、「死がふたりを分かつまで」ただひとりの相手と、性的にも愛情面でも、排他的で閉鎖的な関係になることをいう。逆にいえば、関係エスカレーターに乗った者は、パートナー以外の誰とも親密になったり恋愛関係を結んだりできない。
経済学における機会費用は、「あることにお金や時間、注意やエネルギーを費やすと、ほかのことに使えなくなってしまう」ことで、経済学者であるマグロウは「結婚の機会費用は莫大だ」という。パートナーと子どもが“人生のすべて”になると、自分が望む生き方ができなくなってしまうのだ。
それに加えて、結婚や子育てを優遇する制度によって、アメリカでは独身者は既婚者よりも、税金や社会保険料などで「軽く100万ドルを超える金額」を生涯に費やしているという。こうした事情は日本でも同じだろう。
milkare / PIXTA(ピクスタ)







