アメリカの文化人類学者ルース・ベネディクトは、『菊と刀』で欧米の「罪の文化」と日本の「恥の文化」を対比した。この分析が日本人論の定番になったことで、「恥の文化」は一神教の伝統のない日本に特有のものだという認識が広がった。
だがキャシー・オニールの『「恥」に操られる私たち 他者をおとしめて搾取する現代社会』(西田美緒子訳/白揚社)を読むと、(当たり前だが)欧米人にも強い恥の意識があることがわかる。
著者のオニールは数学者、データサイエンティストで、ヘッジファンドなどで働いたあと、プラットフォーマーがユーザの個人データを収集・利用していることに警鐘を鳴らす『あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠』(久保尚子訳/インターシフト)で知られるようになった。
本書の原題は“The Shame Machine:Who Profits in the New Age of Humiliation(シェイム・マシン 辱めの新たな時代に標的になるのは誰か)”。オニールは現代社会(とりわけSNS)が、他者の恥を糾弾し、まき散らすマシン(The Shame Machine)になっていると論じている。
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「肥満という恥」とともに生きてきたひとたちは、辱めがどれほど強い痛みを感じさせるか身に染みてわかっている
オニールは「恥」についての分析を、自身の体験から始めている。数学の博士号を得るための大事な試験に合格した彼女は、家でクッキーを焼いてお祝いしようと思いついて、近くの食料品店に材料を買いに行った。
その店には顔見知りの店員がいて、いつも親切に接してくれた。ところがその日、小麦粉、砂糖、チョコチップをカウンターに置いた彼女を見て、店員は首を振りながら「どうしてこんなものを買うかなあ。自分が太ってるってこと、わかってないの?」と言ったのだ。
「その瞬間、私はまるで二重顎を平手打ちされたような衝撃を感じた。心臓がバクバク音をたて、涙がこみあげてきた。言葉がまったく出なくなった。それでも幼いころからの経験で、自分がどうなったかはわかった。恥ずかしさによるショック状態だった」とオニールは書く。彼女は子どもの頃から、太っていることを理由に辱められてきたのだ。
この出来事が理不尽なのは、店員にはオニールを辱めようという気がないばかりか、善意で「家でクッキーなんて焼いていたらもっと太っちゃうよ」とアドバイスしたと思っていることだ。これが明らかな差別なら、それに対して抗議したり、戦うこともできるだろうが、「善意」は黙って耐えるしかない。あえて抗議すれば、本人には何の悪意もないのだから、「面倒な客(カスハラ)」のレッテルを貼られて遠ざけられるだけだろう。
「肥満という恥」とともに生きてきた人たちは、辱めがどれほど強い痛みを感じさせるか身に染みてわかっている。皮肉なのは、それが減量やダイエットに何の役にも立たないことだ。
よく知られているように、ダイエットはめったに「成功」しない。1975年から2000年までに集められた大量の記録を調査した研究によると、ダイエットによって減量に成功した人の3分の1から3分の2が、短期間で元の体重に戻っただけでなく、以前より重くなっていた。
アメリカの成人の肥満率は42.4%に達し、1億人以上のアメリカ人がダイエットを試みているが、ほとんどの場合、失敗して挫折する。そしてまた、ちがうダイエット法を試すことになる。その結果、ダイエット産業は720億ドル規模にまで成長したが、この業界は肥満の問題を解決するのではなく、肥満を蔓延させているのだ。
肥満は健康状態を悪化させる重大な要因だが、医師の態度がそれ後押ししているという研究もある。肥満の患者を前にした医師は、その症状の原因が体重にあると告げてさらに恥をかかせる。これではただでさえ体調が悪いのに、病院に行くことを躊躇してしまうだろう。
辱めが有害なフィードバックを生み出すことは、社会のさまざまなところで観察できる。たとえば、恥を感じやすいひとほど、「その状態に対処する手段として」問題のある飲酒をする傾向が強い。自分たちを非難するメッセージを伝えられた喫煙者ほど、短時間でタバコに火をつけた。オピオイドなどの依存症の蔓延は、ほとんど規制されていないリハビリ治療市場に大量の金を流れ込ませている。
「聖人ぶったよそ者の集団がつくり出した、わけのわからない新しい命令」
今日、誰かを辱めることはSNSによってより簡単に、効果的になった。オニールは、ニューヨーク市にあるエリート高校の女子生徒たちと話をした。全員が富裕層の家庭で、国内屈指の一流大学への合格を決めており、「21世紀に過ごせる最高の部類の暮らし」を送っている幸運な若い女性たちだ。
それにもかかわらず、オニールが恥という話題をもち出すと、「まるで煮えたぎる大釜のふたをあけたような状態」になった。「パーティーの後でふしだらだと噂された、テストの成績が悪かった、仲良くしたいと思っていた女の子たちのグループからインスタグラムで肥満を揶揄された」など、「屈辱と悪夢のような序列をめぐる物語」が次々とあふれ出したのだ。
SNSの世界はあらゆることで競争をあおり、そのプレッシャーから、若い女性が美容整形や過酷なダイエット、摂食障害へと追い込まれていく。
その対極にあるのが「インセル」すなわち「不本意な禁欲主義者」で、日本では「非モテ」と呼ばれる男性たちだ。彼らがあらゆる努力を放棄してしまうのは、「何をやっても無駄で、自分の遺伝子のせいで女性に愛されることも受け入れられることも絶対にないと確信していれば、ジムや皮膚科に通ったりダイエットしたりという自助努力を放棄できる。そんなことはすべて忘れていい」と思っているからだ。――映画『マトリックス』で主人公のネオはレッドピル(赤い薬)を飲んで真実を知るが、インセルは禁欲主義の誓いを立てることを「ブラックピル(黒い薬)」を飲むという。
辱めは、「正義」の名の下に、左派(リベラル)によっても行なわれている。
アメリカの大学では、「配慮のある人ならば自分の連絡先に自らの代名詞を書き添えるべきだ、またさまざまな人種、民族、ジェンダー・アイデンティティに対して承認されている最新の用語や頭字語を用いるべきだというのが、原則のようになっている」。その結果、トランスジェンダーやノンバイナリーに対しては、男性でも女性でもない“they”を単数形で使うべきだとされるようになった。
だがこの“奇妙な”規則は、ジェンダーについての知識がない者には理解できない。そこで、不適切な代名詞をうっかり使った相手を名指しし、「セクシシスト」などのレッテルを貼って辱めることが、主に“Woke(社会正義に対して意識高い系)”と呼ばれる左派のあいだで流行した。
この事態に対して、リベラルの立場から、オニールは次のように書く。
問題は、あるコミュニティでは長い時間をかけて徹底的な話し合いをしたうえで事実として受け入れられているように見えることが、別のグループの人にとっては思いもかけないものである場合だ。状況がまったく読めなくなってしまう。代名詞? どうして? それなら私も自分の代名詞を表明しないと、みんなを侮辱してるってことになるの? 彼らはそんなとき、こうした言語の微調整を「正義をめぐる対話から得られた合理的な結論」と見なすのではなく、「聖人ぶったよそ者の集団(この場合は『意識高い系』の人たち)がつくり出した、わけのわからない新しい命令」だと考える。だから両者が互いを、一方は相手が新しい通説を広めようとしているとして、もう一方は相手がそれを拒絶しているとして、辱めることになる。







