いま、日本の私立大学のおよそ半数が定員割れに陥り、財務省は2040年度までに「4割削減」という数値目標まで示した。大学という組織が「何のために存在するのか」を根本から問い直されるこの時代に、古びない補助線を引いてくれるのが、経営学の父ピーター・ドラッカーが80歳で著した『非営利組織の経営』であり、その「ミッション」の考え方は、あなた自身の会社や仕事が本当は何をなすべきかを見直す道具にもなる。本連載では、膨大なドラッカーの著作を読み返し、その中から令和の現在に役立つ知を取り出して紹介していく。(構成:ダイヤモンド社書籍編集局)

存在理由が問われる時代
いま、私立大学のおよそ半分が「定員割れ」――募集した人数より入学者が少ない状態――に陥っている。少子化はこの先も止まらず、大学は多すぎるといわれて久しい。
2026年4月には、財務省の諮問機関(国のお金の使い方を助言する会議)が、2040年度までに私立大学を約4割、数にして約250校減らすべきだという案まで示した。中には高校レベルの授業をせざるをえない大学もあると指摘され、生き残りをかけた淘汰が始まっている。
だが、本当に問われているのは大学の「数」ではないのかもしれない。数を減らす前に、一つひとつの大学が「自分は何のために存在するのか」に答えられるかどうかが問われている。
規模でも知名度でもなく、いま揺らいでいるのは存在理由そのものだ。まさに存在理由が問われているというこの状況にこそ、35年前、80歳のドラッカーが遺した本書の言葉が響いてくる。
そしてこれは、大学だけの話ではないはずだ。あなた自身の会社や仕事にも、同じ問いは向けられている。
ミッションは行動である
手がかりになるのが、本書でドラッカーが説く「ミッション」の考え方だ。ミッションとは、その組織が本気で果たすべき、たった一つの役割のことである。
そして本書でドラッカーは、このミッションを見失った典型として、ほかならぬ大学を名指しする。
大学のミッションは混乱したままである。50もの違うことをしようとしている。うまくいくはずがない。これが、今日シンプルな単科大学に人気の集まる理由である。
――『非営利組織の経営』より
単科大学とは、一つの分野に絞った大学のことだ。役割をあれもこれもと抱え込むほど、組織は自分が何者なのかを見失う――本書にはそう書かれている。ミッションとは、掲げて終わる美しい文章ではない。ミッションは行動を生むものでなければ意味がない、というのがドラッカーの一貫した主張である。
絞るほど選ばれる理由
では、混乱したミッションをどう立て直すのか。ドラッカーの答えは明快だ。役割を足すのではなく、まず「何をやらないか」を決めることである。
何かを加えたら何かを廃棄しなければならない。常に、最も役に立つものは何か、あまり役に立たなくなったものは何か、意義を失ったものは何かを検討していかなければならない。
――『非営利組織の経営』より
これは「あれもこれも」の真逆をいく発想だ。たとえば、進学校の教員から「面倒見が良い大学」として長年高い評価を受ける金沢工業大学は、有名大学と偏差値を競うのではなく、学生を一人前に育てることへ資源を集中させているように見える。「育てる」という独自の強みに愚直なまでに集中したからこそ、偏差値とは別のものさしで選ばれているのだろう。捨てることが力になるのだ。
大学だけの話ではない
ミッションを問い直す必要に迫られているのは、大学だけではないだろう。本書がそもそも扱うのは、学校や病院、地域の団体といった、利益を第一としない組織全般である。役割を増やしすぎて自分が何者かを見失う危うさは、あらゆる非営利組織に共通している。
そしてそれは、利益を追う企業にも、私たち一人ひとりのキャリアにも当てはまるのかもしれない。事業も肩書きも増やせるだけ増やしたその先で、「自分は結局、何をなす存在なのか」。本書がいまなお読み継がれるのは、この問いが少しも古びないからだろう。








