スタートアップが成功できるか、失敗して消えてしまうか? それを決めるのは、Product Market Fit(PMF:プロダクト・マーケット・フィット/市場で顧客に愛される製品・サービスを作ること)を達成できるかどうかにかかっている。増補改訂版 起業の科学 スタートアップサイエンスVer.2』(田所雅之著、ダイヤモンド社)は、起業家の8割が読み、5割が実践する起業本のベストセラー『起業の科学』を9年ぶりに大改訂した最新版本連載では同書から抜粋して、スタートアップの成長を加速するポイントについて、わかりやすくお伝えしていきます

スタートアップの成長を確実にする、3つのプロセスとはPhoto: Adobe Stock

『リーン・スタートアップ』の課題

 本連載で紹介する考え方の基底にあるのは、以前の連載でも紹介したリーン・スタートアップの手法だ。

 リーン・スタートアップの名前は、トヨタ自動車の「トヨタ生産方式」(リーン生産方式)に由来している。

 作業の現場を見て疑問点を見つけ出し、作業方法を繰り返し改善するトヨタ式と同様に、カスタマーに対する検証により、学びを積み重ねて顧客が満足するプロダクトを達成することがリーン・スタートアップの狙いである。

 そのために、リーン・スタートアップでは、次のループを高速で繰り返す。アイデアやコンセプトをMVPとして形にし、それをもとにカスタマーの反応を計測してデータを収集。データから学習し、必要があればアイデアやコンセプトをピボットして再びMVPを市場に送り出す。

 このループを図示したのが図表2-1-4の六角形である。

『リーンスタートアップ』の価値仮説とは

『リーン・スタートアップ』(日経BP)では、このループを通じて「価値仮説」を検証しながら、学びを蓄積することの重要性が記されている。

 価値仮説とは、顧客がプロダクトを使うときに、本当に価値を提供できるかを判断する仮説のことをいう。

 初期のスタートアップが学びを重視することは、確かに重要だ。ただし、課題が有効かを十分検証することなしに、いきなりプロダクトの価値検証を行うことはお勧めできない。

 一足飛びにプロダクトの検証を始めることは、無駄が多いからだ。

 私は、まずスタートアップが想定した課題にユーザーが痛みを感じているかを検証する「課題仮説」を磨き込むこと、CPF(カスタマーとの課題の一致を実現すること)に力を入れるべきだと考える

 図表2-1-5をご覧いただきたい。縦軸は成果、横軸は情報の網羅性を表している。図の左下に示されるような、不十分な仮説で事業を立ち上げてしまえば、それは単なる無謀な挑戦に終わってしまう。

 一方で、情報の網羅性を追求しすぎると、過度な分析麻痺に陥り、行動量が減ってしまう。そこで重要になるのが、CPF(Customer Problem Fit/カスタマー・プロブレム・フィット/課題の検証)とPSF(Problem Solution Fit:プロブレム・ソリューション・フィット/ソリューションの検証)のプロセスである。

 これらのプロセスを経ること、そして生成AIを駆使してある程度のレベルまで仮説を引き上げることによって、短時間であっても情報の網羅性と示唆の質を高めることができる。つまり、図の中央に位置する「鋭い事業仮説」を目指すことが可能になるのだ。

 私はこれまで多くのスタートアップを見てきたが、CPFをしっかりやったスタートアップのほうが、うまくいっている比率が高い。

「全く誰も欲しがらないMVP」を作り、
時間を無駄にすることを避ける

『リーン・スタートアップ』を注意深く読み込めば、価値仮説の検証というアクションの中に、課題仮説の検証も含まれていると解釈することもできる。

 しかし、『リーン・スタートアップ』を読んだスタートアップの中には、まずMVP(Minimum Viable Product/実用最小限の商品)を作って「価値検証」から始めてしまうケースが少なくない

 私が2017年に『起業の科学』を書いたときは、「MVPを作るのには少なくとも数カ月の期間を要する」と述べた。

 しかし、生成AIが利用できるようになった今、プロダクト作成ツールCursor(カーサー)、Devin(デビン)、Replit(レプリット)などを活用すると、簡単なMVPは作れてしまう。

 ただし、データベースに接続するようなインタラクティブなMVPを作るならば、生成AI全盛の現在においても、2~3ヶ月かかってしまうケースがある(スキル習得に時間がかかる)。そのため外注して、ある程度動くMVPを作るケースもあるが、顧客課題や顧客価値がはっきりしないまま、MVPを作ってしまうと貴重な時間を無駄にしてしまうので要注意だ。

 スタートアップにとっての数ヶ月は、極めて貴重である。「2年前でもなく2年後でもなく、なぜ今やるのか?」というタイミングが、スタートアップにとっては非常に重要になる。

 そのとき、課題の検証なしにMVPを市場に出して後戻りが生じたら、数ヶ月が無駄になる。スタートアップの世界では、大きな痛手だ。

 私は、MVPを作る前に次のようなプロセスを経ることを提唱している。

1.アイデアを磨いて整理する(Plan Aの作成)、
2.CPF(Customer Problem Fit/課題の検証)、
3.PSF(Problem Solution Fit/ソリューションの検証)
の3つだ。

 一見手順が増えて面倒そうだが、これらのプロセスを経ることで、「全く誰も欲しがらないMVP」を作り、時間を無駄にする事態を防げる。

 図表2-1-5で示した通り、適切な仮説検証プロセスを経ることで、しょぼい仮説による無謀な挑戦と、過度な網羅性を求める分析麻痺の両極端を避け、鋭い仮説に基づいた効果的なMVP開発へと進むことができるのだ。

(本稿は増補改訂版 起業の科学 スタートアップサイエンスVer.2の一部を抜粋・編集したものです)

田所雅之(たどころ・まさゆき)
株式会社ユニコーンファーム 代表取締役CEO
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップの3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動した。
日本に帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。また、欧州最大級のスタートアップイベントのアジア版、Pioneers Asiaなどで、スライド資料やプレゼンなどを基に世界各地のスタートアップ約1500社の評価を行ってきた。これまで日本とシリコンバレーのスタートアップ数十社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めてきた。
2017年、新たにスタートアップの支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役社長に就任。その経験を生かして作成したスライド集『スタートアップサイエンス2017』は全世界で約5万回シェアという大きな反響を呼んだ。
主な著書に『起業の科学』『入門 起業の科学』(以上、日経BP)、『起業大全』『「起業参謀」の戦略書』(ダイヤモンド社)など。