若さ、外見、お金、地位――幸福の条件として思い浮かべるものは人それぞれだろう。しかし哲学者は、そのどれでもなく、別のものに幸福の度合いが表れると言っている。

幸福は、何を持っているかではなく「明朗さ」にある
幸福かどうかを測る指標として、多くの人が思い浮かべるのは、
若さ、外見、富、名誉といったものだろう。
しかしショーペンハウアーは、幸福の度合いは、
そのどれによってもわかるものではなく、「明朗さ」によってわかると述べている。
明朗さとは、表情や気持ちのあり方であり、
外から与えられるものではなく、内側から滲み出てくるものだ。
どれだけの財産や地位を持っていても、
日々の気持ちが暗く沈んでいるなら、
その人の幸福度は高いとは言えないということになる。
お金は明るさを助けるが、その不在は不幸を意味しない
どうしたら楽しい気分でいられるのだろう。確かにお金があれば、明るくポジティブな気持ちになりやすいが、お金がないからといって不幸だとは限らない。
お金があれば、生活の余裕が生まれ、明るくポジティブな気持ちになりやすいことは確かだ。
しかし、お金がないからといって不幸だとは限らないという視点が、ここで示されている。
お金と明朗さは相関することがあっても、イコールではない。
お金があっても憂鬱な人がいる一方で、
物質的には豊かではなくても、日々を明るく過ごしている人もいる。
この違いを生み出しているのは、外側の条件よりも、
物事の受け取り方や、日々の気持ちの向け方にあるということだ。
「明朗さ」を日常の中で育てることができるか
では、どうしたら楽しい気分でいられるのか――
この問いに対する答えは、一つの方法では語れないが、
少なくとも言えることがある。
外側の条件が整うまで待つことは、明朗さを手に入れる確かな方法ではないということだ。
若さや外見は時間とともに変わり、富や名誉は状況によって失われることもある。
しかし日々の気持ちのあり方、物事への向き合い方は、
外側の条件に完全に支配されるものではない。
今この瞬間、自分がどんな気持ちでいるかに少しだけ意識を向け、
明朗さをわずかでも育てていくことが、
幸福に近づくための、地に足のついた方法になるのかもしれない。
今日から試すなら、幸福の条件を外側に探すのをやめ、今の自分の気持ちが少し明るくなるものを一つだけ探してみることだけでいい。
(本記事は『求めない練習 絶望の哲学者ショーペンハウアーの幸福論』をもとに作成しました)



